10/18/04

刑罰の目的3(自然犯と法定犯2)刑法16

私が9月28日のコラムの最初に、「テロのルール化は文化力によるしかない」と言うのと同じ考えで、これを学問的に表現したものでないしょうか。
教育刑の思想と言うのは、応報で懲らしめる(例えばムチで叩いて苦しめるなど)のではなく、刑務所で教育して、社会に出たら正しいことを実行できるようにするのを刑罰の目的にすべきだと言う思想です。
教育刑の思想によれば、少年の保護施設と言われる少年院や教護院と刑務所に理念の区別がないことになります。
あえて言えば、年齢による教育内容(カリキュラム)の違いと言えるでしょうか?
カリキュラムと言えば、同じ成人でも前回から書いているように自然犯と法定犯では犯罪者の性質が違うのですから、同じ刑罰・同じ服役内容ではミスマッチと言うところです。
法定犯に対する刑罰のあり方については、後に考えることにして、ここではまず、自然犯を考えます。
成人の自然犯の原因については、いろいろ言われていますが、私の見るところ(職業上の経験によるもので、学問的では有りませんので、論理がラフですがそのつもりでお読みください。)、結局は堅実な職業能力の欠如にあることが多いようです。
ヤクザものを「遊び人」とも言いますが、ヤクザでなくとも仕事がない=暇があると犯罪に走りやすいのです。
ヒマ=余裕があれば、誰でも犯罪に走ると言うのではなく、一定のレベルの人は、むしろ余裕が有ってこそ、新機軸を思いついたりできるし、よい作品を残せるのですから、遊んでいる人の能力にかかっているのです。
古い言葉で言えば
「小人閑居して不善をなす」
と言うところで、凡人にとっては「暇」は退屈でしかなく、ロクなことにならないのです。




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