10/14/04

王道と覇道2(テロのルール化1)(美国と米国の違い)

戦前戦後のアメリカは、まばゆいばかりの正義を振りかざしていましたし、その実践者でも有ったように思います。
これが中国ではアメリカに対し、「美国」と言う漢字を当てられているゆえんでしょうか?
 (ただし、言葉遊びで軽く書きましたが、正確に言いますと、「美」という漢字の意味は「太った羊」という意味ですから、中国でも、アメリカは、「美=麗しの国」ではなく、資源豊かな肥え太った金持ちと言う程度が本義かも知れません。)
わが国は明治維新では、イギリス中心でしたから、イギリスに「英国」と言う立派な漢字(武力の表現ですから、覇道国家を奥底に含んだほめ言葉でしょう)を振り当てて、アメリカはその亜流たる「亜米利加」という漢字を振り当てて現在に至っています。
その正義の国アメリカも、ここ20年〜30年来、金本位制を維持できなくなった以降は、本性を現して?国益を通すためにナリフリ構わなくなってきました。
いわゆる王道から覇道への転換・後退(または先祖帰り?)です。
物理的強制力の対象にさえならなければ、正義であろうがなかろうが何をやってもいいというのが覇道でしょう。
こう言う価値観で行動している点では、自主ルールにない無制限テロリストと同じです。
アメリカの勝手な戦争がテロを誘発しているだけでなく、(現在存在する大きなテロはパレスチナに始まり、アメリカのごり押しやロシアの強圧政治に関係するところばかりです。)物理的強制力が働かない点でも、アメリカやロシアの行動とテロは、深いところで共通していることが分ります。
テロは、大国や権力者の正義に反した振る舞いに起因することが大部分でしょうから、テロの根絶には、まず大国が襟を正すことが必須です。
今のところ、国際機関は微力で大国の横暴を制止できませんから、大国は覇道に徹してのうのうとしているだけです。
私の求める国際機関による決定の実効性が担保される日が来るまでは、大国の横暴に抑圧される民族によるテロはなくならないでしょう。
そうだとすれば、テロにも何らかのルールが必要です。
ここのところ、ロシヤの小学校テロは痛ましいですね。
一般住民や子供をを巻き添えにしなければならないほど、チェチェンの民族感情・憎しみが大きいのか?とも思いますが、それにしても困ったものです。
爆薬類は巻き添えになる人が多いので、使用禁止にして刀や槍、フェンシングしか使ってはいけないとか限定すれば、いくらやってもいいと言うわけでもないですが、やりたい人同士の喧嘩でしかないので、まわりはかなり楽です。
地雷や爆弾では、無関係な人が巻き添えになって困ります。
戦争がなくせないとしても、生物・科学兵器の使用が禁止されているように、テロがどうしてもなくならないとしても、「関係者以外を対象にしてはいけない」というテロにも自主ルールを作ってもらいたいものです。




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