10/19/03
教育改革22・・・・・個人の豊かな社会
寄付するどころか殆どの人が、税金で搾り取られていれば、高い授業料や入学金を払える人は減る一方ですから、授業料や入学金は次第に安くならざるを得ません。
こうして私立の経営は、次第に立ち行かなくなって来たのです。
こうして私立大学は、イニシャルコストどころかランニングコストを賄うにも苦しくなって、学生の大量入学、マンモス教室化せざるを得なくなり、国公立よりも、甚だしく勉学環境が劣るようになりました。
このころから、遊興費目的のアルバイトや授業欠席が多くなって、大学とは、時間つぶし、遊びに行くところかな?と疑われる時代が始まったのです。
こうして、校舎建設などのイニシャルコストだけでなく、ランニングコストにまで補助金漬けとなって、国の規格すなわち官僚の査定?が私学を縛るようになっています。
江戸時代には、幕府はあまりなにもしなかった(小さな政府)せいで、民間にお金が集まりその結果豪商が生まれて来ました。
そこから文化の花が開いたのです。
高杉晋作らのパトロンになった、下関の豪商白石正一郎も有名ですね。
もしも、こうした豪商がいなかったら、明治維新は成立しなかったとさえ言えるでしょう。
ご存知のように、その資金援助がなければ高杉晋作は、縦横に行動し、(東行と号したくらいで動き回りましたよ)奇兵隊を創設できかったでしょう。
その奇兵隊が長州を変え、ついには日本を変えたのです。
江戸時代に世界に誇る芸術が花開いたのは、これを支える豪商の存在抜きには考えられません。
また豪商だけでなく、中堅商人などの購買層・顧客の存在も無視できないと私は思います。
浮世絵版画および東海道中膝栗毛など各種出版物の発達は、初めから大量出版を前提としたものですが、歌舞伎も(近松などの浄瑠璃作家を含め、)大量の消費者・観客層がなければ成り立たなかった芸術です。
こういう視点でみると、芭蕉の俳諧なども、、諸国巡歴すると、地方の知識人(すなわち地方に豊かな人がいて行く先々でスポンサーになってくれたのです。)が集まって連歌を巻いている事が分かるように、文化の裾野はとても広かったことがわかります。
そのとき出された料理は、目刺ではなかったと思いますので、料理文化も育ちました。
その意味では、西洋の、ルネッサンスがメデイチ家などの特定スポンサーによって育ち、且つ顧客も限られていたのに対し、江戸時代の芸術はすべてに亘って裾野が広がっていたのですから、わが国のほうが、進んだ形態であったと言えますね。
裾野が広いかどうかは別として芸術、すなわち創造力は、民間が力を持ってこそ花開くのです。
ソビエット連邦や共産主義社会での芸術と言えば、既存のバレーを国家威信を賭けて磨きをかけていただけで、新しいものは生まれてきませんでした。
芸術を重視する意見を書くと「軟弱な考えだ、国家の隆盛に何の関係もない。」と思う人がいるかもしれませんが、現在社会は、芸術的センスが、車その他の工業製品にも必須の時代なのです。
ごつくても何でも、工業品をつくれば売れる時代ではありません。
マンションでも同じです。
県営住宅みたいなセンスでは、高いお金を出して買わないでしょう。
このように現在では、あらゆる分野で、芸術的センス・創造力が問われています。
ところが、政府は明治以来、暇さえあれば民間人・私人が財力を持たないように執拗に追及して来ました。
先ず税制からみてみましょう。
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