10/18/03

教育改革21・・・・・個人の豊かな社会(税制の直接民主主義2)

今の税制では、自立できないところまで絞れるだけ政府が絞って、あとは政府がうまく分配してやると言う仕組みです。
バブル後の経済論争で、官僚出身の宮沢大蔵大臣の採用したのは、所得税減税による消費支出増よりも増税による、政府による公共工事、補助金の増加でした。
その結果経済はいよいよ低迷して、今日の公共工事削減論争になっているのは、ご存知のとおりです。
経済政策のプロと言われていましたが、バブル発生は宮沢さんが総理のときですし、その後の大蔵大臣でも、こうしてミスをしてきたのです。
明治以来120年以上もこうした政策の連続でやってきましたので、(私の見るところ、プロとか職人と言うのは、過去のやり方をマスターしているだけの人が多いですね)民間にも蓄積がなくなるし、地方自治体では、地方交付税や補助金がなければ、殆ど何も出来なくなっています。
お金持ち批判は、多数庶民に受けがいいので、政府マスコミは、機会ある毎にこうした批判をしますが、結果公平ばかり追及すれば、努力する気持ちが失せてくるのは、否定できません。
研究、その他の創意工夫は、お金のためにやるものではなく、研究自体が楽しいからやるのだと言う意見は、(教科書的?)正論かもしれません。
しかし、そういう奇麗事は、当事者が、謙遜して言うのはいいとしても、報償を払わねばならない立場の人が、正論?に便乗するのは誤りです。
こう言うことが長く続くと、(論功行賞のない社会)殆どの人が努力しなくなってしまいますよ。
あまりにも長い間、こうした企業や、政府に都合の良い正論?でやってきたために、我慢出来なくなった青色発光ダイオードの発明者が、企業を訴える裁判をしています。
おとなしく裁判しない人は、黙ってサボタージュしてしまいますので、世界競争に遅れをとりつつあります。
こうして今や、明治以来続けてきた政府や強者に都合の良い精神論・論理(と言えるかな?)は、あちこちで破綻をきたしているのです。
奇麗事でない本音しか通用しない戦国時代には、論功行賞を無視していては、どこの大名でも成り立ちませんでしたよ。
戦国時代が終わって、江戸時代に報償する余地がなくなってから、こうした奇麗事の道徳が強制されるようになりましたが、武士は、辞めるわけにも行かず、腑抜けのようになってしまったのです。
商人には、そうした道徳強制がなかったので、江戸時代の商人は、健康で元気でした。
そこから、世界に誇る町人文化が花開いたのです。
ところが、平成15年5月28日の男尊女卑の思想以下の連載コラムにも書きましたが、明治になって、商人にまで武士道精神を強制するようになってしまったのです。
私達弁護士だけでなく、今ではいろんな職種の人までも「・・・士」と言う名称を名乗りたがります。
昔で言えば、籠かきにあたる運転手まで運転士に変わったのをみれば、如何に国民一般に武士道精神?「武士が格好いい」と言う思想が行き渡ったかが分るでしょう。
今では、職業に「・・・・士」とつけば、実利とは無縁の、何か高尚な使命感を持たなくてはならないような、錯覚に陥る方が多いようです。
しかし、武士の忠義・奉公の本質は、本領安堵と引き換えの、現実的な契約関係にあったことは、今の定説だと思います。
奉公と引き換えの論功行賞(新しく切り取る領土がないのですから)ができなくなって、観念的な武士道を考え出した、江戸時代の便法を明治政府は、引き継いだばかりか町人農民にまで押し付けて、今に至って破綻しつつあるのです。
こうして政府は、贅沢は敵、質素倹約を美徳とする思想を、長年にわたって国民に刷り込みましたので、明治以降まともな芸術は生まれていません。
河竹黙阿弥など明治の大芸術家は、江戸時代の文化で育った人たちです。
漱石、子規なども、明治の人と言うよりも、江戸時代の文化環境で育った人と言えるでしょう。
質素倹約(目刺)から芸術が生まれますか?
木川田さん、あるいは土光さんみたいに「家では目刺を食べてる」と自慢している人が、財界トップにいた社会では、まともな芸術が育つ訳がありませんよ。
こうした変な社会主義的思想から、結果の悪平等が政府で推進されていました。
結果の悪平等について、私達弁護士の例で言えば、お昼ご飯を食べる暇もなく働いて、あるいは、夜遅くまで働いて、1割収入が増えると、累進税率が上がって、却って税引き手取りの時間あたり単価が少なくなってしまうのです。
おなかを空かせて頑張ったほうが、税金が高くなってその時間あたり収入が少なくなってしまうのでは、社会正義のためだと言う正論ばかりでは、空しくなってしまいませんか?
青色発光ダイオードの研究ではついに裁判にまでなってしまいましたが、正論っぽいまやかしに悪乗りし過ぎたのです。
こうした精神論に悪乗りした相続税制等々の法律で、個人は一生ぎりぎり働いても、何億円と言う寄付を出来るような、まとまったお金が出来ないようになっているのが、現在社会です。

いや、100万円でも無理でしょう。




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