10/15/03

教育改革18・・・・・多様な人材を育てる教育システム1

教育論として、多様な価値観の存在の必要性に触れているうちに、たまたま、衆議院の解散が有ったために、官僚支配打破と政権交代の原理に話が移ってしまいました。
話を教育論に戻しましょう。
幕末における百家争鳴の経験から、その轍を踏まないように、明治政府が言論統制の重要性に気づき、私立大学にまで、大学令第1条で「国家思想ノ涵養ニ留意スヘキモノトス」として、思想や教育制度の中央集権制度を確立してしまいました。
これに勢いがついたのか、以前紹介しましたように、京都大学の滝川事件、天皇機関説攻撃などの思想攻撃が始まり、国民の言論は急速に萎縮して行きました。
思想統制は、政府権力の維持には有効ですが、その代わり、国難に対処するには人材が金太郎飴ばかりになって、国家としては却ってマイナスに作用してしまいます。
ここで、満州事変に始まる第2次世界対戦へ突き進む原動力になった、東条英機を紹介しておきましょう。
彼は、陸軍大学卒業の優等生で、(ただし、首席ではなかったようです)いわゆる統制派(経済統制という意味ではなく,当時軍部内の皇道派に対するものです。)の有力論客として(カミソリとまで言われていました)頭角を現し、数次に亘る近衛内閣の陸相として、日米開戦時には首相として、徹底的に対英米戦に突き進んでいった人物として知られています。(当時は、米英と言わず英米と言ってました。)
近衛内閣もこれを継いだ平沼内閣も、強硬論の陸相が対米協調路線の外相や海相(米内光正)と対立し、瓦解させてしまったものです。
何しろ、米内海相、山本次官(彼が有名なマレーのトラと言われた人です。)は、対英米戦の可能性を問われて、「何とか頑張ります。」と言わずに「そもそも、ドイツや日本軍は、英米と戦うような海軍を持っていない」と臆せず主張していたと言うのですから、陸軍としては目の上のたんこぶみたいな存在でした。
日独伊3国枢軸反対・対英米戦反対で妥協しない海軍に対し、陸軍による襲撃すらあるという緊迫した情勢になって、海軍省に、武器弾薬が運び込まれ一触即発、内戦寸前まで行ったくらいです。
このコラムの関心事である教育の効果という点から見ると、東条英機こそ画一教育の申し子みたいな(典型的秀才が出世してしまった)人ですから、彼がその頂点にいたときに、国が滅びた(敗戦・・・実際は、1944年サイパン陥落を機に総辞職)のは、象徴的ですね。
歴史を辿ると保元の乱の左大臣頼長も、当時秀才の誉れ高い人物でしたが、秀才と言うものは、大きな歴史の転換期には、判断を誤るのです。
大きな転換期には、秀才は必要がないどころか、害のある事が多いものです。
秀才よりも、西郷隆盛や坂本竜馬のような人物の出現こそが、必要なのです。
でも、今の秀才教育では、そういう人材、例えば坂本竜馬などは、きちんと宿題をやったり、ハンカチを忘れないとかするのは、苦手っぽいですから、落ちこぼれ扱いになってしまって、現場労働者になっているかもしれません。
こうして画一教育をしていると、いざ、と言うときに表に出られるのは、秀才ばかりとなってしまうのです。
どうすれば、今の閉塞状況の教育を変えられるのでしょうか?
一定方向の能力だけが、評価されるのではなく、違った傾向の能力のある人が、それぞれ評価される社会になるには、どうすべきでしょうか?
私は、お上・官僚が、社会の隅から隅まで何でも決めていく今の仕組みを、改めていくべきだという考えです。




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