10/07/03

教育改革12・・・・・戦後(中央集権国家観の教育制度)改革の不徹底

ポツダム宣言受諾で、民主化に舵を切ったはずなのに、地道な努力を怠り、教育勅語の廃止などの観念的なことで、お茶を濁してきたのが戦後政治でした。
以前にも書きましたが、教育勅語それ自体は結構中立的なものでしたが、中央集権的人材供給システムが完成してから、これに便乗した右翼・国粋主義者が悪乗りしていただけなのです。
従って、教育勅語を廃止したからといって、その基礎をなす教育システムを改革しなければ上っ面にペンキを塗っているだけみたいな結果になります。
地道な努力を怠ったと言うよりも、政府(すなわち官僚と同義でしょう)というものは、民主化、地方分権化とは本質的に反する立場であることは、説明を要しないでしょう。
そういう立場の人々に、地方自治の具体化を任せておけば、大骨どころか小骨まで骨抜きになるのは当たり前です。
その結果が、10月3日の「地方自治とは(憲法39)」のコラムで紹介したような部長の数まで、中央で決める法律になっているのです。
政府(役人)は、明治の官尊民卑の思想的基盤である中央(しかも国立大学)に人材を吸収するシステムを温存したままで、官僚を公僕と言い換え、民主化とか地方自治と口先だけ言って国民を安心させていたのです。
今回の自民党の総裁選後の自民党が、口先だけ改革を標榜して、選挙が終われば、「抵抗勢力が多すぎて」と言う言い訳で有耶無耶にしようとしているのと似ていますね。
これに加えて、地方や民間には、長い間人材が吸い取られるばかりで供給されていないうえに、中央の命令、指導のもとで仕事をしてきたのですから、いきなり自分で考えて 自主的に運営しろといわれても出来るわけがありません。
幸い、民間は、戦後長い間先進国の真似をしていれば儲かる時代でしたから、世界情勢に詳しい天下り官僚や、官の指導に従って生産拡大していれば儲かる時代でしたから、バブル崩壊までは問題が生じませんでしたが、自治体は直ちに自治を実践しなければならなかったのです。
そこで、「任してやりたいが、能力がないから何をするか分からない」と言う名目で箸の上げ下ろしにまで中央が自治体の運営に口を出すことが常態化し、他方で人材不足を理由として、例の天下り官僚が、地方自治体で幅を利かすことになります。
天下りの実態を紹介しますと、千葉市の例で言えば、20年か24年続いた前市長は、自治省からの天下り役人として、他自治体の幹部職員をしてから千葉市の助役となり、市長になった人ですし、現在の市長も仙台などの幹部職員をし、さらにどこかを渡り歩いてから前市長の後釜として、同じく自治省から送り込まれて2期ほど助役をしていて、前回の選挙で市長になりました。
このように、地方自治体への天下りは、助役どころかもっと下位の部局長にまで及んでいますので、地方自治体は、実質自治省や建設省その他の出向元の子会社みたいになっているのが実情です。
戦前の官選時代でも県や市の幹部以外は現地採用でしたから、実質は同じと言えるでしょう。
天下り役人が自治体の幹部職員を占めるとどうなるでしょうか?
自治省でトップに上り詰める自信のない人、または本省で上から見て、役に立たない人材が放出されるのが普通ですから、(民間で言えば、親会社から子会社に出向する社員を考えてください)自治体の天下り首長や局長部長など幹部職員は、自信がない分、余計本省の顔色ばかり窺う政策しか立案できなくなるでしょう。
千葉市長で言えば、前記のように、自治体の管理職その他を転々としてから、千葉に来たようですから、こうした部局長段階の天下り役人が日本中にいっぱいいることが容易に推測されます。みなさんの地元の市町村はどうですか?
こうした中堅天下り族にとっては、次の職場確保のためにも、本省のご機嫌を損ねることは出来ないのです。
病院に派遣される医師と大学教授の関係に似ていますね。
こういう天下り役人が、自治体の幹部職員を占めている現状では、住民の意向を聞くと言っても、住民の意見を実現するために意見を聞くのではなく、中央へご注進するための情報収集的発想になりがちです。
こうして地方自治体は、中央政府の地方事務所、出張所的な運営をして現在にいたっているのです。
こうした長い歴史の経過で、官僚上がりではないでない、中央に楯突く人が知事に当選すると、役人層からは、目に入ったごみくらいの感覚で受け止めることになるのではないでしょうか?
こうして長野県知事に対する、幹部職員の名刺折り曲げ事件が発生するのです。
ちなみに、土木部長は、建設省出身とか部局によって出向元が、違いますよ。
彼らは、出向元のダム推進派の国土省かどこかの役人の気分で県に来ているだけですから、「よくやった」と言うことで、本省の覚えめでたく次の栄転が約束されているかもしれません。
平成15年9月30日の「地方自治と人材1(憲法36)」のコラムで、少し書きましたが自治体警察と言っても、その殆どの職員が国家公務員として警察庁の人事権下にあることを批判しましたが、地方自治体でも、自治省(現在は総務省)国土交通省、その他、各省庁ごとの出向元が事実上の人事権をにぎっていることになりますので、警察庁と自治体警察ほどの直接な関係がないものの、実質がかなりが似ているのです。
また、民間企業も、自治体同様に、高級官僚や、大学教授になれない成績下位者を配給してもらうシステムで約100年間も来たことと、許認可による縛りとが相俟って、ここでも天下りの受け入れシステムが完備して定着してきました。
天下りの弊害とは何でしょうか?

次回に考えてみましょう。




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