10/06/03

教育改革11・・・・・明治政府と学制改革(中央集権国家の教育制度)

大手名門私塾にとっては、地方の藩校と同列の高校扱いでは納得できなかったでしょう。その後、私立学校による地位向上運動があったのかどうか分りませんが、その結果かな?明治36年に高等学校の上位に位置する専門学校が、専門学校令によって認められるようになりました。
その第3条によって、高等学校の上位に位置する私立の専門学校の設立が、公式に認められたのです。
事実上の私立大学の公認です。
専門学校令を紹介しましょう。

専門学校令(明治36年勅令第61号)

第一条 高等ノ学術技芸ヲ教授スル学校ハ専門学校トス

  1. 専門学校ハ特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外本令ノ規定ニ依ルヘシ

第二条 北海道府県又ハ市ハ土地ノ情況ニ依リ必要アル場合ニ限リ専門学校ヲ設置スルコトヲ得但シ沖縄県ハ此ノ限ニ在ラス

第三条 私人ハ専門学校ヲ設置スルコトヲ得

第四条 公立又ハ私立ノ専門学校ノ設置廃止ハ文部大臣ノ認可ヲ受クヘシ」

この段階で、待ちかねたのか早稲田大学などは、大学と改称していますが、法律上は、一般の高校より上ではあっても、飽くまで、唯一無二(その後各地に出来た7帝大)の下位に位置する専門学校でしかなかったのです。
もちろん、「高等ノ学術技芸ヲ教授スル学校ハ専門学校トス」とあるように、この法令で、各地に医学専門学校などが設立されて、戦後これが合併して地方国立大学になっていることは、ご存知のとおりです。
言葉のインフレによって、今存在する専門学校(理容美容専門学校、調理師)などとは、格式がまったく違いますので、お間違いのないようにお願いします。
私立大学の名称が、事実上一般化し始めてから10年以上経過した大正7年になって、ずばり「大学令」と言う勅令(大正7年勅令第388号)が発布されて、この大学令に基づき手続きをした早稲田、中央など8私立大学が大正9年に、やっと大学令による正式な大学となりました。
明治初年には、昌平坂学問所よりも、実力が上回っていた元気な私塾が、政府の巧妙な、長期戦略で、まず東京帝国大学よりも下になり、さらにはその後各地に出来た7帝大よりも格下になってから、さらに干され続けた挙句に漸く私立大学が公認されたために(東京帝大設立の明治19年から大正9年までと言えばおよそ35年間も無視されていたのですから、元気も何も残っていなかったでしょう。)私立は、7帝大(後に6帝大)よりも格下となってしまったのです。
今でもその伝統、格付け意識は生きていて、大手私大は、戦後に出来た地方国立大よりは上だが、旧帝大よりも格下という印象をお持ちの方が多いのは、この歴史があるからです。
こうして、教育制度に関しては、明治政府が設計したヒエラルキーが、そのまま今も生きていることになります。
明治政府は、中央集権国家を作るにあたって、単なる思想教育や締め付けによるのではなく、このように何十年と言う長い時間を掛けて周到な基盤つくりをして、人材が中央(しかも官学)に集まるようにし、地方や民間(私大や企業)にはおこぼれが行く仕組みにして、あらゆる分野で官主導体制を確立してから、教科書検定などの思想教育をするようになって行ったのです。
まさに官尊民卑思想の裏づけが出来たのですから、法で強制しなくとも、地方や民間は中央にお伺いする精神的土壌が確立してから、国体の護持とか言い出したのです。
したがって、明治政府の教育にかけた歴史を学ぶと、戦後民主憲法が出来て地方分権、民主国家・統制経済から自由主義経済国家に変えていく為には、この確立された「統治の仕組み(国公立を頂点とする教育制度)からして変革する必要があった」と言わざるを得ません。
そして、こうした思想的な立場だけでなく、先進国の物まねではなく、独創的な発想が求められる現在社会においては、自由な発想をはぐくむのに適している私学の地位向上こそが、現に求められているのです。
そして、私学が発展すれば、江戸時代のように私学が中央に偏らず、各地に分散する可能性があります。
アメリカの有名私大が(国公立よりもいずれも格式・ランクが上ですよ)、各地に分散立地している例が参考になるでしょう。
イギリスでも、オックスフォード、ケンブリッジと言う地名から分るように、最高権威の大学はすべて私立ですし、ロンドンにありません。
ここ数年弁護士過疎問題を、何故かマスコミや政治家が追及していますが、それは中央に人材を吸収し過ぎた結果であって、それを弁護士の責任にするのは、お門違いだと思いますが如何でしょうか?
10月2日の「地方自治と人材3(憲法38)」のコラムで紹介したように、今や、郡部出身者の司法試験合格者は、殆どいない状況になっているのです。
もともと郡部出身者でさえ、仕事のない地方、それも僻地で開業するのは、生活上問題です。
まして都会出身者ばかりが合格する時代にしておいて、都会出身の若者に地方どころか「僻地に行け」と言うのは、マンション育ちの女性に農家の人と結婚しろと言うのに似ていませんか?
こうして見ると、中央に人材を集める政策が行き過ぎて、これを変革しなければどうにもならない状況が、地方自治の担い手ばかりでなく、社会のいろいろな場所で発生していることを、政治的立場を超えて分るでしょう。
教育改革に関しては、「道徳教育や愛国心教育をするかどうかなど議論している場合ではない。」「システムを変えるべきだ」と言うのが私の意見です




関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから


稲垣法律事務所コラム内:自治に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:人材に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:明治に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:行政に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:政府 に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:社会の高度化、教育に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:イギリス、英国、英帝国、コモンウエルスに関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:米国、合衆国、アメリカに関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資