10/22/02
日本経済の低迷と会社更生法(非退場のシステム)4
前回のコラムで、退場すべき会社は、速やかに退場すべきであり、これを可哀想だからといって温存する必要が無い事をこれまで述べて来ました。
今回は必要が無いだけで無く、国家的にマイナスである事を説明したいと思います。
これらの既得権益層は、自己保身の為に失業問題を人質にしていますが、実はそれほどの問題でない事もこれまでのコラムで述べました。
会社更生法は、基本的には、大きすぎる会社は倒産すると社会的影響が大きすぎるので、できるだけ温存しょうという思想(表向きの大義名分?)で、出来たもののように思います。
しかし債務超過に至った原因が偶発的事故によるならば仕方ないとしても、(テロ被害の場合など)恒常的な赤字体質による場合、この会社の債務を棚上げして、再起を期待しても、まさに不良企業の温存でしかなく、社会的な害悪を生じさせるだけです。
同業他社よりも、効率の悪い会社が、債務棚上げによって、債務の元利を払いながら営業している会社よりも、有利な条件(低価格契約)で成約出来る事になると、優良企業が経営不振となってしまいます。
効率の悪い会社が効率を改善して再参入するならば良いのですが、一般的な更生計画は、そう言う指導を重視せず、(不採算部門の切り捨てもしますが、逆に優良部門だけしか売れない為に、その部門から売却するやり方も有ります。ダイエーの債務整理策は、儲かっている、デイックファイナンス(社名は良くおぼえていませんが・・)や、リクルート、ローソンの株売却等の切り売りをした挙げ句、不良な本体その他売れないものだけ残して倒産しました。)債務カットと僅かに認める2〜3割の債務すら、何年か据え置いた後に、およそ10年単位の長期分割を認めると言うのが普通のパターンですので、低効率がそのままでも、十分すぎる競争条件を獲得するのです。
その結果、悪貨が良貨を駆逐する社会になりつつ有るのが我が国の現状です。
このような事例は、法的手続きに限らず、銀行による任意の債権放棄でも同様です。
債権放棄を受けたゼネコンや債務超過企業は、体質改善らしき事を殆どせずにそれどころか経営責任も問われないで、そのまま事業を続けていけるのです。
これでも足りなくて再生法まで準備しているのですから何をか言わんやです。
個人(法律的には自然人といいます。原始人と言う意味では無く、法人に対する概念ですので野蛮人扱いしたと怒らないで下さい。)については、失敗しても、何度でも再起出来るシステムが必要な事は、チャレンジ精神の鼓舞の為にも絶対必要です。
また自然人は退場させる事が出来ませんので、(最悪死刑と言うのも有りますが、商売に失敗しただけでは、死刑は有りません。)最後まで面倒を見るより仕方ないのです。この為には、職業訓練をしたり色々工夫が必要になります。
他方、法人は、簡単に退場(個人でいえば死刑)させてもまた別の法人を簡単に作れるのですから、退場ルールは厳しく運用しても良いはずなのに、退場しなくて良いようなシステム造りに熱心な事が、我が国の経済低迷の大きな原因です。
そして、これを助長しているのが、会社更生法や民事再生法だと言えるでしょう。
会社更生法によって、かなりの会社が更生出来たという人がいますが、これは、偶々高度成長期に重なった為に、だらだら生かさず殺さずやって(御得意の先送りという方法です。)いるうちに土地や、株式が大幅に値上がりした為に、負債を完済してもお釣が来たというパターンが殆ど全部と言えるでしょう。(効率の悪い古い会社はおおむね不動産を多く保有している事が多いのです。)
会社更生法の適用を受けると、大方の場合、債務の6〜7割がカットされ、残りの債務も何年間の据え置き後元金だけの10年単位の長期分割払いとなる事が多いものです。
競争に勝ち残った優良企業と言えども、債務の全くない会社は有りませんので、更生会社は、競争上、極めて有利な立場となります。
僅かな金利引き下げが景気対策となッたり、金利の引き上げが、景気を冷やす事になる経済の現場から見れば、利息どころか元金まで支払う必要が無くなった企業は、競争上極めて有利になる事がわかるでしょう。
個人が身体障害等のハンデイを持つ場合、(退場してもらう事が出来ない以上は)それなりの下駄をはかせて貰うのは、実質的公平を図るものであって、必要な事でしょう。
しかし、法人については、そのような有利な条件を設定するのは却って不公正であり、結果的に、日本の国際競争力をそぐ事になるでしょう。
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