10/13/02

裁判の仕組み 11(経験則と自由心証)

自由心証主義と言っても気侭な認定を認めるのではなく、予め法定されていないと言うだけで、経験則に拘束される事を前回のコラムで説明しました。
では、経験則とは何かと言いますと、何が経験則であると言う事を法定しないのが自由心証主義ですから、(予め法定したのでは法定証拠主義になってしまいます。)事件ごとに判例の積み重ねと常識で決めて行くしかないのです。
例えば、お金を支払ったと言う証拠として、相手の名義の銀行口座への送金の領収書を提出したとします。返してもらっていないと言う原告は、このままでは、返して貰ったと言う認定を裁判所からされてしまうでしょう。
これを覆すには、『その振り込み領収書は偽造である』または、領収書の成立は認めたうえで、『銀行口座は、自分名義では有るが、被告が管理していた口座である』と言う事を証明したときは、更に心証が逆転します。
被告は更に『一定期間、自分は管理していた事が有るが、送金した頃には、通帳も、印鑑も、キッシュカードも返していた』事を証明すれば再逆転になります。
このように事件の状況に応じて、事実上の立証責任が、(法律上の立証責任は変わりません。これもややこしい観念ですがまたの機会に説明します。)
転換して行くのは、経験則に従って証拠認定されるからなのです。
こうしたルールを、ありとあらゆる事柄に関して、法律で予め決めておく事は不可能な事がおわかり頂けたでしょう。
しかも科学技術や生活様式は日進月歩ですからなおのことです。
こうして現在では自由心証主義が良いとされているのです。




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