09/20/007
国民のレベル3
あらゆる種は、同類の繁殖を好むものですから、このままでは少子化対策と称して低レベル国民の再生産が拡大する一方です。
現行少子化対策による貧困層再生産誘導の危険性については、06/02/07「人口政策15(人口構成の優良化3)教育政策」その他で、これまで繰り返し書いてきました。
選挙民のレベル向上には、教育による底上げは無理だから、普通選挙制度を廃止して制限選挙にすべきであると言う意見を、09/04/07「小うるさい国民性1(
強行法規違反)」から、09/12/07「公正競争の整備4と選挙権7(憲法227)」まで連載してきました。
制限選挙制にしないと、このままでは、貧乏人や弱者の言い分ばかりになってしまい、国が持ちません。
こうして最近では、エセ同和問題の切り口同様に、弱者に優しくないというレッテルを貼られるのが怖くて、政治家もマスコミも文化人もみんな弱者・・可哀想な人に対しては何も言えない社会になっています。
これが、ここ20年前後激しくなった差別用語の禁止・・・言論弾圧みたいなことがまかり通るようになった基礎心理でしょう。
こうして、今では弱者であるということで、強気の源泉になる傾向があります。
言葉使いも、商売人が客の歓心を買うために尊敬語を使っているだけであって、客に対する義務ではありません。
そこを間違って、商品の欠陥ではなく、クレームの主な内容が、揉め事になってからの接客態度が悪いとか変な方向へばかり行く人もいます。
接客態度を良くするかどうかは、会社内部の、自己利益を図るための基準であって外部から要求される「契約上の義務」ではありません。
民間・・・特にサービス業は独占事業ではないのですから、態度が悪くてイヤならよそで買えば・・コーヒーを飲めばいいのであって、客が権利として要求する筋合いではありません。
ただし、ケチを付けるために、文句を言っている人が多く感じられるのは、どうにもならない人の事件だけが顧問先から弁護士相談に来るからでもあるでしょう。
みんながみんなそうなっているというわけではありませんから、割り引いて考える必要があります。
ともかく最近小うるさい人が多くなって、しかも声が大きいのです。
声が大きいというか、大勢の中で一人だけでも苦情を言うと、ほかの人は、「そんなことどうでも言いのじゃやないの!」と思っても、面と向かって反対まではしませんから、その会議での議論は苦情ばかりだったかのようになるのです。
こうした会議のあり方も問題です。
いつも、こまごまと苦情を言う人が何か偉くなったような、自己満足というか思い違いを助長している社会です。
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