09/20/07

国民のレベル2

それにしても、何故安倍さん程度の人が自民党の顔として国民に人気があったのか?が問題です。
安倍氏は国民的人気があるということで、選挙の顔として党首に選ばれたのですから、結局は国民のレベルに帰するのです。
国民の人気とは、どの辺を基準にしているのかを考えてみると、いわゆるミーハー的人気を基準にしているのですから、よほど国民の中の低いレベルに民意の重心・位置が下がっているというべきではないでしょうか?
国政の舵取りや外交交渉は、ブラウン管で作り上げられれたアイドル的人気では勤まらないのが当然ですが、その辺の区別・意味も分からない階層が投票の主体になっていることが問題なのです。
このまま低レベル化が進むと、エセ同和が一定数の公務員就職枠を獲得してしまっているように、低レベル層も一定の割合で国政参画が進んできます。
昔はエリートが弱者への一定の配慮を見せるのが政治でしたが、これからは安倍さんのように、モロに弱者の代表自体が、政治の表舞台に、弱者・・ミーハーの支持を受けて登場するようになるのでしょう。
国民階層は、富士の裾野のように裾のほうが広がっていてトップ階層は当然極少です。
庶民や弱者のほうが国民の大多数であるという事実からすれば、貧乏人の気持ちの分かる金持ちではなく、貧乏人・庶民そのものがそのまま、あるいは社会の落伍者の人自体がそのまま、国の代表になるのは、大多数の支持を前提とする民主主義の極致とも言えるでしょう。
政治家が、投票権の最大階層である低レベル大衆の歓心を買わざる得なくなって来つつあるのが、ここ数十年の傾向です。
こうして、庶民そのものの代表である芸能人やプロレスラーが、(相撲取りの旭道山も当選しました)国会議員に登場するようになって久しいのです。
家柄は良いがしっかりしない安倍総理は、そうした衆愚政治に移る直前の過渡期の人物だったのかもしれません。
庶民そのもの・・社会の底辺層そのものの要求がとおる人物が、国政を担うのは、民主的かも知れませんが、それでは国が持ちません。
国際政治で困るだけでなく国内的にも、底辺層のご機嫌取りに終始して、ばら撒きばかりの低レベル政治に堕してしまうのが目に見えています。
公明党の発案による地域振興券と称するお買い物券の配布みたいなことが、国政の中心課題になってくるのです。
そうなると、いろんな団体がさらに低レベルな要求競争になって噴出するでしょうから、悪循環に陥ってしまい、亡国の道を歩むしかなくなるでしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資