09/11/07
市場経済化=公正競争の整備1
社会や団体の運営についての発言能力を認めるべきかどうかの問題は、福祉的受益分野ではなく、権能の分野での修正の問題ですから、公正競争の結果、納税能力のないと判定された人は、その社会の運営についての発言能力もないはずです。
ただし、完全無欠な公正競争が実現できることはないでしょうし、今でも、政府には、政策ミスの責任がある場合もあります。(バブル助長など・・・)
しかし、小さな好不況の存在は避けられないものですから、その程度まで政府の責任ということは出来ないでしょう。
ちょっとした不況が来ると、すぐ失業したり、倒産してしまうような、水準すれすれの仕事しか出来ない自分の能力を羞じるべきでしょう。
かなりの不況でもみんなが失業したり倒産しているのではなく、好況時の9割くらいの仕事はあるのです。
1割の仕事が減ると、真っ先に自分にしわ寄せが来るという主張自体、日ごろから最低の仕事しかしていなかったから、こう言うときに真っ先に切られるのだということでしょう。
(一人前でないけれども人手が足りないときだけ、仕方なしに使ってもらっていた程度・・・)
飲食店やその他の商売も同じです。
ですから、普通の不景気による失業は自己責任・・普段の行いが悪い・・として、政府に責任を取ってもらう理由にならないのです。
公正な競争で負けた後の問題は、同じ人間同士に対する憐憫の情としての福祉政策で、どこまで面倒見るかということでしょう。
これからは、個人の「責任」かどうかではなく、生まれつきの能力差には責任がないとしても、公平に能力発揮できるシステムかどうかを基準に考えるべきでしょう。
社会システムが公平になっているのに、能力がなくて落ちこぼれた以上は、その結果を甘受するのが基本であって、後は格差是正のためにどれだけ福祉的修正するかの別次元の議論にすべきです。
世の中が変り、社会不正義による貧困者がほぼいなくなった社会では、普通選挙の定義を、字義通り人並みの人間だけに限定するべき時代になったのです。
そうなると、公正な競争が保障されているのかどうかが、基本的なチェック項目になってきます。
昨今市場経済化の行き過ぎが議論されますが、市場経済化すなわち公正な競争と言うことでしょう。
市場経済化と言うと弱肉強食「血も涙もない社会」に直結させる意見が殆どですから、誤解を招きますが、まずは競争段階に不透明な人脈や汚職・補助金をなくして、テストはテストで公正にやって行こうというのが市場経済化です。
インサイダー取引規制も、同じ趣旨です。
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