09/09/07
納税と選挙権3(憲法220)普通選挙権の歴史的意義2
江戸時時代には、庄屋・名主の家柄と言っても、ほんのちょっとだけ農業規模が平均より大きかった程度に過ぎなかったので、その家付きの小作人と言うものがいても・・せいぜい一人二人でした。
したがって、むら社会で寄り合いに参加できるのは、比較的大きな農家である名主・庄屋クラスだけでなく、村落を構成する農民の殆ど全員だったのです。
「むら」と言っても、今の大きな市町村を想像すると誤りますが、ひとつの集落の規模は、10数戸からら20戸もあればいいほうでしたから、何十人も小作人を抱える大地主がもしもいたら、村社会は成り立たなかったのです。
近代工業社会化のために、都市労働者の供給を必要とし、農民の都会への追い出しを目指した政府が、イギリスのエンクロージャーをまねした地租改正によって、まんまと農民からの土地取り上げに成功したのです。
大地主が誕生した経緯については、04/09/04「地租改正と農地売買の自由化3(大地主の誕生と小作農の出現=窮乏化)」で、新潟の巨大地主誕生や11/24/05「自営農民の社会1(新田開発と土地区画整理法1)」その他で連載しています。
関心のある方は、「大地主」と言うキーワードでサーチしてみてください。
明治中期以降、次第にこうした元農民の窮乏化=参政権が奪われていく(小作農や都市労働者化してしまい)過程で、納税に関係のない政治参加権を回復する必要が生じていたのです。
この復権の必要性があったのは、本来政治参加できるべきであった元中間層だけですが、彼らが政治参加権を回復するためには、自分たちが貧困化していたために納税基準の撤廃が正面のテ−マになっただけです。
そこで「納税に関係なく参加させろ」となると、元々政治に関係のなかった本来からの底辺層も巻き込んでしまっただけのことでしょう。
西洋で、フランス革命などでブルジョワジーだけの参政権を主張せず、人みな平等を主張したのと同じです。
労働運動・市民運動から、パート労働者フリーター等が落ちこぼれていくのは、わが国では元々中間層の復権運動の歴史があるからでしょう。
あるいは、表現の自由を求めていたのは、ちゃんとしたマスコミや、文筆家ですが、彼らも、わいせつ表現やスキャンダル目的の表現の自由を求めていたわけではないのでしょうが、政治的スローガンとしては、「表現の自由」一本・・事前検閲禁止になるのです。
その結果、本来は、思想表現保障の埒外あるはずのわいせつや誹謗中傷記事の方が出版・映像界の大多数を占めるようになっていくのです。
憲法
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
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