09/09/07
納税と選挙権2(憲法218)普通選挙権の歴史的意義1
それでは、何故納税に関係のない普通選挙権普及運動が、民主主義実現の目標として長年認識されてきたのでしょうか?
明治時代もそうですし、産業革命以降の西洋近代国家では、マルクス的思想が生まれる土壌でもある・・総じて個人の努力にかかわらず、構造的に階級的貧困者創出社会でした。
日本で言えば、江戸時代までは農民の大多数は納税者でしたが、これが明治維新以降都市労働者化・小作人化するにつれて、逆に大多数が窮乏化・貧困化して行ったのです。
これは、国民の大多数が納税できない社会を作りつつあった以上は、個人の資質・能力の問題ではなく、近代工業社会化に対応するべき社会構造・・社会の仕組みがうまく適応できていなかった結果によるものでした。
まだ近代は現代への過渡期で、身分制あるいはその残滓が色濃く残っていて、公平な競争社会が用意されていなかったのです。
構造的要因による貧困化・・階級社会では、構造的原因による貧富の格差をぶち壊し、近代工業社会にふさわしい枠組みを新たに作り上げていく必要性があったのです。
生まれによる差別その他いろいろな差別があったので、結果重視だけでは、不公平です。
この解決策のひとつが社会主義思想・運動の「結果平等」の理念でしょうし、他方では資本主義の中で、是正していく運動・・修正資本主義に連なっていくのです。
しかし、結果平等まで本気で要求するには、日本や西欧など、能力別のこまかい違いが認められてきた社会では、風土的に遭わないので、誰も容認しないのです。
日本では、農業も細かい気候変動の結果、個性重視ですし、その上、工業も江戸時代からの長年の手工業の基礎があったので、個人的工夫のオンパレード社会です。
こうした日本農業の特性については、これまで、09/12/05「わが国農漁業の多様性3(個性発達の基礎1)」などのコラムで連載しました。
この不公平な社会の改革の方法としては、競争条件の平等化と福祉的修正で対応したのが日本や西欧です。
個人的能力の違いにあまり関係のない画一的農業・・・大平原の農奴社会と、一部で日本よりも発達していた奴隷的?工業社会のロシアでこそ、結果平等と言う短絡的思想の受け入れ土壌があったのでしょう。
いずれの方策でも、ゆがんだ社会構造の結果、被害を受けている本来の中間層の政治参加(復権)が必要だったのです。
不公正競争の結果である貧富の差に関係なく、普通選挙権を保障する事が、こうした不公正な構造を改める社会改革の原動力になるのですから、普通選挙権獲得運動は歴史的意義があったことが分かるでしょう。
この政治参加を勝ち取る・・あるいは江戸時代まであった寄り合い参加権を取り戻すためには、スローガンとして「人みな平等」と言う概念が分かりよかったのです。
ちなみに、江戸時代には村(むら)の決め事は農民の寄り合いで決めていたのですから、家付きの小作人以外はみんな参政権を持っていたのです。
ついで言いますと、昔の農村社会は地主小作関係が村社会の基本であったかのように誤解・想像されていますが、それは明治時代に形作られた幻想に過ぎません。
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