09/06/07
福祉と権利1(憲法213)
法の下の平等といっても、能力差を前提とすると、収入や社会的地位の格差が生じるので、「人みな平等」の理念と直ちに矛盾してきます。
この矛盾回避・・ごまかしのために、福祉政策(生活保護や、高額医療の無償、教育費の無償など)を採用しているのです。
めくらを目の見えない人といっても、結果は同じです。
目の不自由な人のために点字ブロックサービスを用意するようなものでしょう。
能力差による収入格差が生じるのが当然とすると、国民の格差が広がり過ぎないように、修正装置として存在するのが福祉政策です。
自分の能力による収入では、人並みに物を買えない・・サービスを受けられない人のために、ある程度ものを買ったりサ−ビスを受けられるようにしているのが福祉制度ですが、自分の働き以上のものを得られるのは、古来からの基本的価値観から言えばズルイ・・不正義です。
自分で餌を獲得できなければ、飢えるしかないのが鉄則ですが、これを凌ぐために他人の稼ぎを奪うのが、泥棒や強盗・略奪・侵略戦争ということでしょう。
これでは、治安が安定しないので、一定の再配分制度が古来から存在するのですが、治安目的を背景に押しやり、思いやりの精神を前面に出しているのが、今流の福祉というものです。
放送禁止用語がはびこるのと同じで、思いやりがさらに進んで、肩身の狭い思いをしないようにと、今では
「福祉を受けるのは権利だ何も遠慮することはない」
という主張がはびこっているのですが、生物の原理から言えば権利でも何でもありません。
一定の社会的弱者がいる以上は、余力の範囲で助け合っていこうとするのが福祉の精神でしょうし、援助を受ける方は、自分の働き以上のものを与えられるだけで充分・ありがたいと思うべきです。
後にも書きますが、労働環境の整備や、格差是正のための職業教育の充実などは、構造的な貧富格差是正政策・・社会の責任ですから、福祉・・恩恵政策とは別です。
しかし、生活保護や障害者手当て何とか手当てなどは、経済本質的には、稼いでいる人からの所得の無償移転・・・恩恵でしかないしょう。
無償の所得移転は、鳥であれ、動物であれ、人類であれ、親子を除けば、恩恵以外にはないのです。
社会的弱者は、生活保護その他福祉で得た金品で、自力で稼いでいる人と対等に買いものができているだけであって、元々自分の労働の対価以上の生活をして行けるのは、税金を払っている人のお蔭・・その人たちの負担によるものであることは否定できません。
ここまで言うと、これ・・生存権は、憲法上の権利だといきり立つ人もいるでしょうが、ここでは、権利になっているかどうかではなく、経済の本質を言っているのです。
憲法
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
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