09/06/07
人はみな平等か?1(会費負担と発言権2)
人間の価値は平等という抽象的な観念論だけで、そこから何かも平等であるべきだと言う結論に導くのはマヤカシがあるのです。
ある組織で言えば、テニス同好会や俳句同好会などで、病気療養中などの理由で、会費免除してもらっている場合、会員としていろんな権利があると言っても、受身としての権利・・会館に自由に出入りできる、会報をもらえるなど、受益的権利としては一般会員と対等あるいは、その何割と言うものでも良いのです。
しかしながら、他方で、会費を払わないものは、組織の運営に関する能動的分野には、権利がないとするケジメが必要なのです。
そうでないと、会費も払ってない人が、会費増額の決議に参加し発言する・・あるいは、会費免除にとどめず、被免除者に対する補助金交付をするべきかどうかまで会費を納めていない人が大きな声で議論し、議論を主導し決議に参加できるとしたのでは、矛盾・無理があるのです。
このように、人間の価値が平等とは言っても、単なるスローガンでしかないのですから、そこで安心して思考停止してしまわないで、・・道路交通権・公衆便所利用権などの受身の受益権
と、・・会費や税金の使い道やどれだけ会費・税金を負担すべきかなどを決める能動的な権利 とは、分けて考えるべきなのです。
会費負担していない(みんなの恩恵で免除されている)者が、会費を納めている一般会員の会費増額の主張をするのは行き過ぎです。
これを分類しないで、政治の世界では、人間みな等価値と言うことから、何もかも平等と言う短絡した制度にしてしまうから、世の中の価値基準が狂ってくるのです。
(受益の格差是正のための福祉的保障と組織維持・管理・運営に関する能動的権利行使とは区別すべきなのです。)
人の価値が平等とは言っても、負担に応じた平等・・お金を払った人だけがレストランで食べられるし、映画を見たり電車に乗れるのと同様に、負担金支払い・・・あるいは人役的サービス負担と受益・・賃金受領とは、比例関係にあるのが古代からの普遍的原理・原則です。
何時の時代でも、この原理・・お金を払ってこそサービスを受けられる・・働いてこそ賃金をもらえる・・を崩したら、人間社会の秩序が成り立たないはずです。
他人間での財の移転・・物々交換あるいは、貨幣経済であろうとも、対価を支払わない関係など、この世には一切ないのです。
一時的無償行為はありますが、直接的対価を求めないだけであって、一定期間を経て何らかの見返りが期待されているのが普通で、その見返りが何時までもなければ、長くは続きません。
現在、贈与契約シリーズの途中で横に入っていますが、そこでも書きましたし、後にも書きますが、他人間での純粋な贈与は考え難いのです。
現在政治問題になっている社会保険庁の元局長が、妻のいとこの社会福祉法人理事長から、次々と車の贈与を受け、あるいは、自宅新築資金の一部を無償?でうけていたといっても、誰も信用しない・・何か裏があったろうと推測するのが普通です。
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