09/05/07
小うるさい国民性4(会費負担と発言権1)
これまで、08/14/07「官僚の優位性と情報開示3」前後で連載してきたように、消費税はどんなズルイ人でも、誰も逃れられない平等な制度です。
消費税に反対する人は、特別な非課税や免除制度その他でうまいことをしている人たち・・基本的にずるい・・・うまく立ち回って、税務上得している人が多いのではないでしょうか。
ケチな野郎・・・庶民のことですから、いつの世にも大多数でしたが、大した問題ではなかったのは、こうした「ケチな人間」は分相応に、これまでは分際を弁えて生きていたからでしょう。
最近ケチな人間の声が(恥ずかしい事だとも思わずに)大きくなり過ぎたので、細かい・・細かすぎることが、政治の中心話題になって来たのでしょう。
人間の価値に差がないとの建前そのものには、反対し難いのですが、それとは別に、将来的には、政治的権利行使は、一定の税金を納めた人だけが、一定の権利があるようにすべきだと思います。
寄付と税制のコラムでも書きましたが、これからは、税を納める人の声が尊重されるべきです。
政治上の権利行使とは、その社会運営についての権利行使ですが、税金の負担とは、すなわち所属する社会・・団体会費の負担ですが、これの少ない・・あるいは全くしていない人の方が声が大きい社会と言うのは、組織維持の原理からして無理があります。
何らの税金・・組織・団体の維持会費も納めない人の方が、組織の運営について声が大きい・・小うるさいのって、組織維持の本質から見て無理が生じるのです。
無理と言うよりは、不正でしょう。
株主でない人が、株主総会に出て利益分配案について、大きな声で発言しているようなものです。
弱者救済という掛け声で、いろんな組織で会費免除制度が発達していますが、会費を払えない人が会員としてある程度の恩恵に浴するのは許されることがあるのは、会費支払い者の恩恵によるのが普通です。
しかし、たとえば会費被免除者が、どういう会館を建てるべきか、その負担金がいくらであるべきかの議論に参加し、会費の増額の有無程度についてまで、発言できるようにするのは弱者救済とは関係のないことです。
会費を払っていない人が、会員一人当たりこのくらいの負担をすべきだと演説したら、会費を納めている会員はしらけるでしょう。
あるいは、会費を払わない人が、自分たちにどれだけの援助をすべきかと言う決議に参加して議論を主導しているとしたら、おかしいでしょう。
(お願いしますと挨拶するチャンスがあってもいいでしょうが、その決議権があるのは不当の域を超えて不正でしょう・・・。)
国家となると組織が複雑で、ちょっとだけ複雑で分かり難いのですが、これに類する状況がまかり通っているのです。
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