09/04/07
小うるさい国民性1( 強行法規違反)
公序良俗違反のパターンに戻しますと、麻薬取引、超高利、人身売買・売春契約・児童ポルノ・・・契約も、すべてそれぞれの法律が今では整備されているので、その法律違反としても無効でしょう。
こう言う具体的な法律がなくとも、基本的人権の精神に反した契約などは、当然無効になりますが、「精神」が基準では、無効かどうかは裁判してみないと分からないことになります。
新たにいくらでも違法行為が出来てくるのですから、これらをあらかじめ法律で規制し切れない以上、公序良俗違反と言う抽象的無効事由を作っておくしかないのです。
昔は、強行法規違反が無効で、取締法規違反は無効にならないと言う大まかな基準がありましたが、今では取り締まり法規違反でも、無効になる場合が多く一概に言えません。
最近では、国家の基準に違反すれば、すべて怪しからん・・ヒステリックに無効にする傾向があるようです。
政治家もちょっとした規制法違反があると、国務大臣を辞めなければならない雰囲気となってきました。
クリーンも重要ですが、あまり細かい事で大騒ぎしているのは考え物です。
最も参議院選挙前の農水大臣の場合・そのときのコラムでも書きましたが、人物としてお粗末な印象だったのが致命傷だったのです。
今回の遠藤農水相については細かいことではなく、行政を政治力でゆがめていた張本人ですから、次元がちがったと言うことでしょう。
それぞれ理由がありますが、人物・能力評価ではなく、マスコミが細かいことばかりをほじくっていると、国民が細かいことばかり気にし過ぎて、肝腎の大きな政治家・実業家・芸術家その他各方面での人材が育たなくなる危険があります。
「角を矯めて牛を殺す」と言う言い方がありますが、「ミスがなければ良い」と言う減点主義中心では、国が滅びてしまいます。
そんなことを言えば、法をよくわかっていないと批判されそうですが、私の印象・・最近の傾向を書いているのです。
欠点がないが、20の能力しかない人と、欠点が20もあるが、90の能力がある人などいろんな人材があるはずです。
あるいは、平均点は低いが、ある分野では突出した才能を持っている人もいます。
人材には、プラスマイナスがあって良いのです。
欠点のない人はいないという度量で、重要なのはそれ以上に何が出来るかを基準に、国政を任せる方向にマスコミの関心・・基準を変えていくべきでしょう。
人物の直接評価をするのは、角が立つので、ケチをつける材料を探して批判している面もあるでしょう。
しかし、批判すべきをきっちり批判しないで、ケチな材料探しばかりをマスコミがしているので、国民は、ケチなアラ探しをするのが正しいような誤解をしてしまうのです。
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