09/02/07
証文から「契約」へ2(民法244)
不平等条約撤廃(1911年・明治44年)と言っても、陸奥宗光や小村寿太郎などの政治家の個人的力量だけで成ったのではないのです。
治外法権を撤廃するには、相応の法制度の整備とこれを運用する人材の充実がなければなりません。
大学制度の充実の過程については、10/10/03「教育改革15・・・・・明治政府と学制改革(大学とは)」前後で詳述したように 、明治政府は当初草の根の小学校の全国的展開に忙しくて、日本最初の大学である、東京帝国大学が出来たのはようやく明治19年でした。
2番目の京都帝大が11年も遅れてやっと出来ているのです。
私大が認められた大学令は、1918年(大正7)です。
07/17/05「奉行所から警察署へ・・違警罪即決例1」で触れたように、裁判官任用規則が出来たのが明治18年ですが、人材育成は1朝1夕では進まないことがわかるでしょう。
全く新しいことに挑戦できる人材が育つには、一世代以上必要なのは、今でも同じです。
契約違反に対しては、国家権力で強制執行・・強制的実現をできる制度となれば、恨みつらみ程度の効果しかない旧来の「ちぎり」や違反の効果がはっきりしない「約束」「誓約書」「証文」のままでは、表現しきれなくなっていたのです。
そこで、ちぎったものを合わせて確認する契印の意味があって、しかも前世に本籍のある「ちぎる」よりも、現世の生きている者同士の約束、亀の甲羅に刻み込む・・強力そうなイメージの「契」約という文字を明治の賢人は選定したのでしょう。
明治人は、造語能力が高かったのです。
以上ツラツラ書いてきたように、ともかく、現在は、法で強制できる合意(意思の合致)を契約というのですが、現在の契約は、神仏の介在なくして当事者の意思の合致だけで成立するのです。
近代思想・・近代法では自由な意思に基づく行為がすべての基本です・・・私が思うには、西洋近代ではいろんな哲学者がいますが、結局はカント的思想が西洋社会の基礎・骨格だったのではないでしょうか?
これを取り入れた民法では、まず意思能力の有無程度が問題になります。
民法の条文は、そこから始まるのです。
第一編 総則
第一章 通則(第一条・第二条)
第二章 人
第一節 権利能力(第三条)
第二節 行為能力(第四条−第二十一条)
第三節 住所(第二十二条−第二十四条)
第四節 不在者の財産の管理及び失踪の宣告(第二十五条−第三十二条)
第五節 同時死亡の推定(第三十二条の二)
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