09/28/06

証拠法則と事実認定の重要性9(事実認定の合理化2)

普通の裁判では、微妙な差のある事実認定次第で量刑判断も変ってくるにも拘らず、交通事故のように違法事実を類型化しにくいので、裁判官が重要な仕事をしているかのように感じる・・・一見量刑(裁判官の裁量的判断)が重要な印象を受けるだけです。
結局は、事実認定の客観化が遅れていることに、裁判官の特権的地位の担保があるともいえるでしょう。
では、このファジーな事実認定能力に関して、職業裁判官と素人ではどのように違うのでしょうか?
この肝腎の事実認定能力が、職業裁判官と、1日だけ駆り出された素人とでは、殆ど変らないと一般的に言われているのです。
野球で言えば、打撃や守備の実力が素人並で、ルールだけ詳しい選手のようなものです。
こう言うルールに詳しいアンパイアとか行司の場合には、先ず中立であることが求められ、それだけで良しとされていました。
その後、時代の進展によってさらには、審判の前提たる(アウト、セーフなどの)認定の客観性確保の要請が強まり、ビデオを多用するなど認定能力の向上に、それぞれ努力しているのです。
水泳その他スポーツでは、タイムの判定なども科学技術によって客観化しています。
裁判所の場合には、こう言う客観化の努力を全くせずに、中立と言う美名だけに寄りかかり、何年やってもただ経験と勘だけで、認定しているのですから、内心忸怩たるものがある(筈)でしょう。
プロにはプロとして鍛え抜かれた直感があっても良いのですが、直感だけでは頼りないのではないでしょうか?
裁判所にとっても、専門家の事実認定に関する事例研究が充実してくれれば、これを利用して職業訓練できて有り難い筈です。
事実認定方法に関する科学的な研究の乏しさが、科学的な訓練の機会を無くし、専門家・・職業裁判官と素人の差が開かない原因になっているのでしょう。
事実認定過程の研究分析は、裁判の合理化専門化に必須だと思うのですが、これに対し、政府は研究補助金をつけないどころか、禁止(9月27日のコラムで紹介したように、平成16年刑訴法改正で資料利用の禁圧)まですることになったのです。
懲役刑を設けてまで、裁判外への資料流用を禁止する意図は、事実認定過程をブラックボックス化して・・聖域化して単に、国民に裁判批判をさせないための目的としか考えられません。
上記のように、量刑の前提になるべき事実の認定に関しては、何らの研究らしい研究もなく、訓練すべき教材もないのですから、裁判官も大変です。



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