09/26/06

裁判所の中立化と自由心証主義

自由心証主義は、証拠の評価について、裁判所の自由に任せるというのですから、権力と司法の完全な分離・・3権分立制の確立が前提です。
もしも裁判所が、特定政治勢力と結びついて運用されたのでは、自由自在に事実認定されて誰もが簡単に処刑されてしまうでしょう。
裁判所は、権力には中立だから、裁判官を信用しましょうと言う丸投げの精神です。
そのためには、裁判官の養成が厳格化し、浮世離れした一種の坊さんのような感じの人種を期待するにようになります。
確かに、現在の裁判官や裁判所は、個別政治家同士の権力争いには中立でしょう(例えば郵政民営化の賛否についての政争には中立でしょう)が、長いスパーンで見た体制派、対、反体制派と言う目で見れば、体制派に親近感をもつ人種構造でしょう。
個別政治家の権力闘争の時代から、政党政治時代に変ったのですから、裁判官が個別政治家と交際をしていないと言うことと、政治的中立は別物でしょう。
ひと昔前ならば、共産主義を信奉しているか、日米同盟を支持するのか、日中の方が良いのかなどの問題です。
とりわけ、実際には、政権の交替がなく、与党が長期に続く我が国のような場合、中立と言う名の権力維持政策に迎合して行く傾向が生まれてきます。
中立とは、現状維持・・既得権保護になることについては、これまで何回も書いてきました。
政治的中立の意味が変って来たのですから、自由心証主義も、何らかのチェックが必要な時代が来ているのです。
検察官も政治的中立の要請される職種ですが、これは起訴便宜主義と言うブラックボックス的な自由裁量権があるからです。
起訴便宜主義の問題点については、08/27/03「起訴便宜主義4(刑事訴訟法6)(政治的思惑と政策考慮)」その他でこれまで何回も書いています。
つい最近・・・と言っても数週間以上はたっているでしょうが、日経新聞で、共産党員がビラ配りのためにアパートの1回の郵便受けに留まらず、2階か3階の廊下にまで入って各戸のポストに政治的ビラを入れて歩いたのが、住居・建造物侵入に問われた事件の判決が紹介されていました。
こんなビラ配りはどこでもやっていることですが、共産党関係であったら、このような起訴を受けるのです。
誰でも守っていないような法律を一杯作って、[むやみに立件ししませんから]と言う政府の説明が多いのですが・・この前紹介した共謀法もそうです・・・・・反体制派の弾圧には、こんな一寸したビラ配りでもことでも利用するのが検察です。
このように、個別政治家との親疎と中立性とは関係なくなっているのが、政党政治以降の風景でしょう。



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