09/25/06
権力の強弱(死刑執行数と殺人事件の関係)
話があちこちに行きますが、今の国家権力は如何に恐ろしいものであるかの例で、書いただけです。
それに、国家が野蛮なことをしていると、次第に関係者も野蛮なことに対する意識が麻痺し、拡張して行くものであると言うことと、国家権力はかくも恐ろしいものだと言いたいのです。
ところで、中国の死刑数が5〜6000人と書きましたが、日本の死刑数は後に紹介しますが、年間5〜6人程度です。
国家がドシドシと死刑を実施すれば、その関係者も人を殺すことに鈍感になるし、(死刑執行人の数も増えます)回りも人殺しに鈍感になるでしょう。
国民が人殺しに鈍感で簡単に殺人するような国では、国家も簡単に殺人=死刑にするようになるでしょうし、どちらが先かわかりません。
凶悪犯に対し、国家が率先して死刑執行を増やしていくと、国家が人殺しの御手本となって余計凶悪事件が起き易くなるという関係もあるのです。
ある意は子供の教育で、体罰を多用していると、成人した子供は暴力的になり、家庭内暴力を見て育った子供は家庭内暴力を再生産すると言われているのも同じことでしょう。
テロに対し、無差別殲滅作戦で対応すると、テロがますます激しくなるのも同じです。
この意味でも、最近の刑の重罰化政策は、犯罪を減らすつもりかも知れませんが、かえって平和な日本を危ない国に変えていくことになりはしないかと心配です。
刑の重罰化政策については、09/16/06「少年犯罪の増減と重罰化の風潮(少年犯罪統計)2」前後で、統計によると、犯罪が減っているからではないかという視点で書きましたが、その他にもあちこちで書いていますので、重罰化のキーワードで検索してください。
(実際は、刑務所が余っているから、もっと犯罪者が増えて欲しいと言う目的なら、政策効果はあるでしょう。)
いずれにせよ、中国では日本の人口の約10倍ですが、死刑数は1000倍になっていることが日中の民情・・文化の違いであると理解しておけばいいでしょう。
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