09/22/06
刑事訴訟法56(自白法則2)
証拠法則の大雑把な流れについては、11/06/04「盟神探湯(くがたち)から、自白へ、自白から客観証拠へ」のコラムで紹介しました。
被告人の納得が必要と言う、政府の謙虚な気持ち?が自白を必要とし、
「これだけの動かぬ証拠を突きつけられても、認めないのは、怪しからん。」
と言う憤り・・悪い奴だという気持ち・社会の合意が、拷問・・・痛めつけてもいいと言う方向性・・ルールに繋がったのです。
しかし、時代が転回して国家権力が強大になった現在では、誰にも遠慮なく、客観証拠だけで認定できる時代が来たのですから、(自由心証主義とはそういうことでしょう。)自白を無理に求める必要性はなくなったのです。
今は、証拠のない点を補うために自白を要求しているのですから、証拠があっても自白を必要とした江戸時代よりも、むしろ不健全です。
もしもそんなことはない、ちゃんと証拠があって逮捕しているのだというならば、初めから自白を不要とすればいいでしょう。
自白を証拠とするには、補強証拠が必要になったと言うと、一見近代的な印象ですが、証拠もないのに特高などが先ず逮捕して拷問して自白だけ獲得して、有罪にしてきた戦前の暗黒的時代と比較するからです。
戦後は補強証拠が必要になっただけマシと言うだけの話であって、証拠が揃ってから自白を求める江戸時代よりも、証拠もないのに逮捕して自白を得てから補強証拠をかき集める方が不健全ではないでしょうか?
いわゆる別件逮捕なるものも、先ず逮捕して、自白を獲得し、自白に基づいて証拠集めをすると言う図式があるからこそ、重宝されているのです。
現在の検挙率なるものは、未遂で現行犯で捕まった犯人が、この機会にと言うことで、多数の余罪を自白し、その自白に基づいて既に出ている被害届を照合して、立件して行くやり方を、11/16/04「捜査機関の民営化5(検挙率の実態1)警察の廃止2」以下で連載したことがあります。
(現在わたしの担当中の事件では、被告人の説明では、実に600件前後にのぼるという事件が2件あります)このような自白待ちの捜査を早く卒業してほしいものです。
補強証拠と言う概念自体から、分かることは、現代のあり難そうな憲法や刑事訴訟法の証拠法則は、「自白を中心として認定し、客観証拠は2の次で良い」と言うおまけ感覚の扱いで、自白を中心に据えたルールなのです。
むしろ江戸時代の方が、先ずは客観証拠で有罪の心証が取れているにも拘らず自白しないときに、拷問を出来ただけですから、客観証拠重視だったのです。
真に人権重視ならば、「補強証拠が必要」などと言うケチなことを言わず、自白をまったく証拠にしないで、「客観証拠だけで、有罪を認定出来るときだけ有罪判決にする」と言うルールにべきでしょう。
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