09/21/06
現在での未決勾留の必要性(自白獲得4)
勾留制度の表向き機能は、裁判手続の円滑化ですが、その実質的機能は、刑の先取りから、自白獲得に機能が変わっているのですが、国民にはそれが分かっていないから、応報感情だけで、逮捕・勾留支持の反応になるのでしょう。
つい4〜5日前に映画館で、役所広司が弁護士役で、電車での痴漢容疑者の冤罪に取り組む予告編の場面をちょっと見ました。
兎も角否認していることで、勾留が続けられる実態を描いたものです。
痴漢については、認めても刑が軽いことから、身に覚えがなくとも長期勾留で戦わねばならないことを考えると、つい自白したくなる人も多いのです。
この意見は、12/28/02「憲法の限界 3 」のコラムで紹介しています。
その映画のイメージは、殆ど上記私の書いたコラムのような、印象でしたが、予告編ですので当然詳しくはわかりません。
関心のある方はその映画を御覧になると、私が繰り返し書いている現在の人質司法は、いかに ひどいものか、多分良く分かると思います。
安易に勾留を認める裁判所の姿勢が、一般国民にとっても、いかに恐ろしいものであるかが、お分かりいただけるでしょう。
国民は、逮捕や勾留が自白強要に使われているとは知らず、江戸時代の精神構造のままで、悪い奴を捕まえろと言う応報的反応で、長期勾留を支持しているだけなのです。
何回も書きますが、仮に応報的な刑罰が正しいとしても、それは判決で有罪が決まってから考えるべきことであって、判決前に本当は犯人かどうかも分からないうちに、警察が捕まえたというだけで、判決前に容疑者を痛めつけるのを期待するはおかしいのです。
まして、これまで書いて来たように江戸時代では刑務所がなかったので、応報刑先取りの必要性があったのですが、現在では、刑務所が充実していて(名古屋刑務所のように中で充分苛めてくれます)刑の先取りの必要性がなくなっているのです。
刑の先取りは、まだ、犯罪者かどうか分からないうちに痛めつけてしまうのですから、もしかしたら無実の者も、捜査機関の思い込みだけでその被害を受けるリスクがあるのです。
捜査機関に刑の先取りの意識がある以上は、未決の間に過酷な扱いをすることに何らのためらいもなくなってしまい、拷問などもしやすい雰囲気にもなります。
無罪の推定・・もしかしたら無実の人かもしれないと言う謙虚さがなく、あたかも犯人であると決めつけて、被逮捕者の人格権など全く無視して、怒鳴りつけたり、脅すようなことにもなりやすいのです。
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