09/18/06

未決勾留の施設(拘禁2法1)

現在の未決勾留は、即ち刑罰目的でもなければ、捜査の為の勾留(自白獲得目的)ではなく、裁判中の身柄確保が目的なのですから、未決勾留は、本来捜査担当の警察署に併置すべきではありません。
戦後法律改正によって、未決勾留の目的が変わったのに、警察は既得権を確保する為に、従来の豚箱を、代用監獄と称して、刑務所の施設が足りないと言う理由で留置権限を手放さず、戦後の混乱の収まった現在にいたっても仮住まいを合法化しています。
今でも拘置所建設の予算が足りないと言ってそのままにしておいて、同じ税金で警察の庁舎ばかり建て替えたり増設予算があるのですから不思議ですね。
ここから自白強要や、やくざに便宜を図ったりするいろんな問題が生まれてくるのです。
この代用監獄制度はあくまで臨時のものですから、警察も意気があがりません。
防衛庁の省への昇格と同様にこれの恒久化「・・代用」などと言う名称の撤廃に必死になって、これに向けた警察の政治活動が活発になります。
しかし、警察が捜査権に基づいて、みづから勾留する機関になる等と言うことは理論的にも国際人権ルールから言っても到底通るものでは有りません。
そこで明治以来の監獄法の改正に乗じて、警察庁提案の留置施設法案として、抱き合わせで国会に上程されたのです。
これを、いわゆる拘禁2法案と言いますが、その経過については、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)からのコピーに譲りましょう。
「行刑施設の管理運営を定めた監獄法(明治41年法律第28号)は、1908年の制定以来、一度も改正されず、その間の行刑政策(矯正政策)の実務や理念の変遷に対しては、監獄法施行規則(明治41年司法省令第18号)の改正や行刑累進処遇令(昭和8年司法省令第35号)、犯罪者予防更生法(昭和24年法律第142号)の制定などによって個別に対処してきたことから限界があるとして、
1982年(昭和57年)、法務省矯正局は、「刑事施設法案」を策定した。この刑事施設法案と警察庁が立案した留置施設法案は、第96回国会に提出されたが、継続審議となった。
1983年(昭和58年)第100回国会では、衆議院解散により、両法案は審議未了のまま廃案になった。
1987年(昭和62年)第108回国会に一部修正して再度提出され継続審議となったが、1990年(平成2年)第117回国会の衆議院解散で審議未了のままふたたび廃案。
1993年(平成5年)第126国会にも提出されたが、衆議院解散、審議未了のままみたび廃案となった。
この拘禁二法案は、問題視されていた代用監獄の永続化と、被疑者・被告人と弁護人との接見交通を制限し、これに対する弁護人の不服申立等の救済手段も定めないなど、被拘禁者の人権保障の程度が著しく低下するとして、強く批判された。結局、拘禁二法案は国会上程と継続審議、審議未了のまま廃案という過程を繰り返し、その成立は断念された。」



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