09/16/06
未決勾留の施設(牢屋)
江戸時代の未決拘留・・・すなわち入牢に話を戻しますと、軽微な事件の場合、全部入れておくだけの設備もありませんし、その費用も大変だったので、なるべく入牢させませんでした。
有罪・・刑が決まっても、服役させるだけの設備がなかったので、佃島の人足寄せ場を作る以前には、死刑か追放刑・タタキ、入れ墨しかなかったのと同じ問題です。
人足寄せ場の成立については、12/15/03「刑務所の歴史3(刑罰の種類1)」その他で紹介しています。
公事宿、親族、町や村役人等に預けて監禁する(これも現在の言葉です。当時監禁出来るような大きな家・設備がありませんでした。)宿預、村預等の方法が行われていました。
今の、身元引受書を取って、「いつでも出頭させます」と言う在宅事件の形と似ています。
このように長期間監禁しておく設備もないし、(ただ・・・無償で、飯を食わせるのも大変でした)それを見張る人員もいないので、親類などを信用することにして預けたのです。
逃亡したときには親類に責任が及ぶ仕組みにして、その人に迷惑がかかると言うことで、逃亡を思いとどまらせる仕組みでした。
死刑になるような大事件は別として、その他は重くても追放ですから、逃亡して江戸から抜け出しても、結果は、江戸から追放されるのと同じことですから、親戚に迷惑かけてまで逃亡する必要がなかったでしょう。
追放には、遠島と江戸払いその他があったことを、12/21/03「刑罰の種類4「公事方御定書3」」のコラムで紹介しましたが、江戸から追放されたり、所払いになるだけなら、こそこそと江戸から逃げて回っているよりは、ましでしょう。
連座制については、06/28/06「連帯責任4と連座責任3(会社法5)」前後で紹介しましたが、刑事手続が幼稚であっただけでなく、物理的な設備上の必要性もあったのです。
現在、交通事故で、加害者が逃亡する恐れもなければ、証拠隠滅する恐れもないのに、死亡事故など結果の重大さだけで、むやみに逮捕し、勾留する運用が常態化しているのは、設備や役人が余っていることにも原因があるのでしょう。
もちろんその他の犯罪でも安易に勾留を続けるのは、同じ理由によるのでしょう。
何回も書いていますが、勾留できるのは証拠隠滅や逃亡のおそれなど、これに類する一定の場合だけです。
刑事訴訟法
第60条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
1.被告人が定まつた住居を有しないとき。
2.被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
3.被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
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