09/12/06
機能分化と公平な裁き4(自白に頼る心理)
09/06/06・・2「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律1(自傷他害のおそれ)」のコラムで、医師もまわり中が騒いでいることに自信をもって、「自傷他害」の畏れを判断しているのではないかと書きました。
裁判官も事なかれ主義とは言わないまでも、被告人が自分で「すみません」と謝ってくれている事件の方が、気が楽に違いないでしょう。
そういう事件では、裁判官は被告人と精神的に対立する必要もなく、逆に被告人のために、何か有利な事情がないかと言う保護者のような気持ちで、証拠を探してやるような心境になって仕事すればいいのですから気楽です。
検察側の提出証拠のアラ探しみたいな、細かい日付けの間違いや被害場所の地番が違っているが、どうかなどの真面目にやってると言う印象の仕事さえしていればいいのです。
江戸時代に自白に頼っていたことに付いては、この後に江戸時代の裁判で紹介します。
裁判所は、検察の肩を持つために、フリーパスで勾留決定し、保釈不許可しているのではなく、「自分が仕事で楽したいから」と言うのが真実かも知れません。
話が自白を求める心理の問題にそれてしまいましたが、対立当事者構造の利点に戻します。
対立構造形式の場合、思考経路の透明化の利点が考えられるでしょう。
裁判官1人が内心で「ああでもない、こうでもない」と考えた末の結論では、その思考過程が不透明です。
対立当事者構造であれば、その思考経路をそれぞれ(民事で言えば原告と被告)が文書で主張しますので、反対意見が外部に表わされて、どちらが正しいのか検証可能・・・世論の批判に曝されうる所が不正・誤判の防止・・・ひいては判例の発展に役立つのです。
3権分立や司法権の独立、罪刑法定主義などの諸原理は、人権活動による成果も少しはあったでしょう。
実際は、そうしたことよりは、訴訟手続の合理化の結果であることを、08/13/06「司法行政と司法権の独立2 (必要性の基礎)」や08/15/06「罪刑法定主義と事後法処罰の禁止3(極東軍事裁判の有効性)」などのコラムなどで、これまで繰り返し書いて来ました。
このことは、人権運動や政治活動に関係のない民事訴訟の方が、先に当事者主義、弁論主義、口頭弁論主義が確立されてきたことからも分かるでしょう。
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