09/12/06
機能分化と公平な裁き3(刑事訴訟法54・不利益供述書)
本当は、判決をするためには、訴訟手続き上は自白がなくともいいのですが、裁判所は、自白のない事件の判断をするのは不安(面倒?)なのではないでしょうか。
警察や検察が自白にこだわるのは、終着点の裁判所が、自白を偏重しているからではないかと言う意見を、11/06/04「取調べの可視化から、自白不要な裁判へ」のコラムで書きました。
裁判所は、江戸時代以来の自白に頼る裁判の慣習から抜け出せなくて、無意識に自白を求める習慣(その上、シビヤ−な判断を回避できて楽でしょう)になっているのです。
ところで、争いのある事件といっても、捜査段階での自白が信用できるかどうかにこだわった事件が殆どです。
裁判所は、被告人供述のうち不利な供述を採用し、有利な供述を矛盾していると退ける傾向があります。
揚げ足鳥ではないですが、兎も角有罪にするために、被告人の矛盾する供述の内、有罪心証に使えるものは使いたいと言う態度です。
何故こうなるかと言うと、刑事訴訟法も、こう言う精神で出来ているのです。
刑事訴訟法
第322条 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。
但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第319条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。
この条文で分かるように、被告人の不利益な供述書は無条件で証拠とすることができて、不利益でない供述・・・すなわち被告人に利益な供述でしょう・・・・は逆に特別な信用性のあるときでないと証拠とできないのですから、裁判官の偏った運用は法で保障されているのです。
何故、このような規定が出来ているかと言うと、教科書には、人が自分に不利なことを言うのは例外だから信用出来ると書いてあります。
しかし、自分で好きにしゃべったのと
「逮捕〜拘留されて、何時帰れるか不安な状態でしゃべらされたのとでは、意味が違うでしょう」
と言うのが、我々弁護士の立場です。
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