09/11/06
機能分化と公平な裁き(武器対等の原則6)
一人が判断する場合には、有罪の心証の材料を考え、無罪の材料も考えて、その優劣の判断をする内面的思考経路を経るのでしょう。
これが検察、弁護とそれぞれがきちんと主張してくれれば、先ずその優劣の判断だけで原則として間に合うので、裁判官の内面的思考経路がかなり省力化できるのです。
そのためには、検察と弁護双方に同様の人材の供給と武器対等の原則が絶対的に必要とされるのです。
もしも人材が偏っていると、裁判官は双方の主張の優劣だけを考えているだけでは、安心できません。
そうなると、裁判所が保護者として高所から「こう言う場合もあるのではないか」と、能力の低い方の心配をしてやらねばなりません。
(例えば、弁護人がついていなければ、正当防衛の主張やその他の法律上の主張など)
これが、職権探知主義の機能する土壌です。
本来は弁護側の方が資料収集能力などの面で制度的に劣っているのですから、職権主義は弁護側に有利に働くべきですが、実態はそのようになっていません。
それは、弁護側の不利を前提として、法制度上弁護側に有利にする無罪の推定原則があるためです。
立証責任が検察側にあるために、検察の立証責任を事実上甘く運用しないと、あるいは証拠収集に便宜を図らないと、かなりの事件が無罪になってしまう畏れを抱いているからでしょう。
こうして、弁護側から見れば、何となくいつも検察側の肩を持っているような印象を受けてしまうのです。
人質司法の問題も、勾留や保釈のルール・・法の精神が立派過ぎて、これでは検察が訴訟を維持出来ないと裁判所が心配しているからでしょうか?
逃亡や罪障隠滅の恐れがないからと言って、条文どおりにみんな釈放していると、自白を取れなくなる恐れが高くなります。
しかし、交通事故の場合を想定すれば直ぐに分かりますが、ひき逃げは別として、法律の建前どおり、証拠隠滅逃亡の恐れ、住居不定だけであれば、今更証拠隠滅の余地もないし、事故現場で待機している運転者に対し、死亡事故だからと言って逮捕し、さらに勾留までする必要性は全く考えられない事例が殆どです。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
