09/04/06
保安処分2と隔離政策1(米独の強制収容所)
近代法では、罪刑法定主義によって、一定の罪を犯さなければ政府の都合次第によって逮捕投獄されなくなったことを、繰り返し紹介してきました。
そして一定の罪を犯したかどうかについても、政府の恣意的裁量認定によることなく、政治から独立した司法権によって、認定される仕組みになってきたのです。
こうした仕組みが発達すると、その代わり刑法とは別に、事件を起こすのを待っているのでは困るので、危険人物を事件を起こす前に社会から隔離するシステムが必要だと言う思想が、反作用的に出来て来たのです。
最近でも、何か大きな被害があると、事前に相談していたのに警察が何もしてくれなかったと言う報道がなされます。
(桶川ストーカー事件など)
これは一見警察を非難しているようでいて、実は警察権力・・もっと前の段階で何かすることが出来るようにすべきだという、警察に対する応援団なのです。
この結果、ストーカー法やDV法と言う警察権力の強化以外にあまり実効性のない法律が出来たことを、03/02/05「検挙能力の低下とストーカー法の成立」前後で紹介しました。
社会防衛思想とは、それの大掛かりなものと思えばいいでしょう。
罪刑法定主義と言う法理論に対する反発だけでなく、民族意識の高揚に対する反作用として、異民族に対する防衛思想が発現したのが、南アのアパルトヘイトや強制収容所送りでしょう。
強制収容所と言えば、ナチスによるユダヤ人に対する強制収容所政策を誰でも想起するでしょうが、これをやったのはナチスだけでは有りません。
アメリカでも、日系人が何の犯罪も犯していないのに、日系人と言うだけで危険だというレッテルを張られて、収容所に入れられてしまい、アメリカ政府には経済的に余裕があったのに、それでも財産までも没収されてしまいました。
ナチスのように、ガス室に送られなかっただけの違いです。
何でもそうですが、何かがイキナリ突出するようなことはなく、ナチスのホロ・コーストと言ってもその時代に流行した思潮にちょっと上乗せしただけの話なのです。
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