09/28/05
科挙の意義5(試験制度の盛行と管理社会1)
高等文官試験制度が明治30年から始ったと紹介しましたが、試験制度による選抜方法は、明治憲法下でも重視されていたもので、民主主義とは関係が有りません。
もともと、専制君主制の手足になるべき官僚が、豪族の部下では威令が行き渡らない所から、直臣養成ために生れた制度ですから、民主主義かどうかには関係がないのです。
民主党に始って、自民党でも採用している衆議院議員立候補者の公募制の原型です。
公募制は、派閥を解消し皇帝や総裁や党主直属になるメリットがあるのです。
戦前は高等文官試験だけだったのが、学歴の発達で試験制度が地方公務員や、民間企業にまで行きわたっただけの話で、戦後民主化されたというよりも管理社会化が民間にまで浸透していると言うべきかも知れません。
しかも、試験制度は単に有能な人材の抜擢と言うだけでなく、科挙では四書五経が重視されたことからも分るように、一定の思想教育が自然に施されますから、官僚の思想的一体性の確保が図れるのです。
子供のころから丸暗記に次ぐ丸暗記で、その応用も考え抜いて練達したものだけが受験するのですから、たまに批判的に勉強する人もいたとしても、99%はそのような型にハマッタ考え方の人材養成が自然に出来てしまうのです。
思想信条・学問の自由などをいくら憲法に書いていても、試験制度がある限り、権力者には何の心配も有りません。
頭・・政府の高級官僚だけでなく、今では地方公務員まで、或いはある程度の企業まで同じ価値観の正しい「正解」ばかりを勉強して、体のシンまで染み込ませて初めて採用される社会が来ているのです。
これでは、金太郎飴みたいな社会ですから、個性重視などいくら御題目を唱えてもどうなるものでは有りません。
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