09/28/05

科挙の意義4(憲法132) 法の下の平等(国家公務員法1)

選挙と言う単語は、君主制の残滓であるかどうかは、ここでは横道ですので、再び科挙の制度と律令制に戻ります。
この両制度は、徹底した能力主義であり、平等主義で貫かれているのですから、この点は現憲法と同じです。

憲法
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

現憲法は、まさに科挙の精神と同じです。こうして現在も、公務員は試験制で採用されるようになっているのは、ご存知のとおりです。
国家公務員法を見ておきましょう。

国家公務員法  昭和22・10・21・法律120号 
第3節 試験及び任免 
第33条 すべての職員の任用は、この法律及び人事院規則の定めるところにより、その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基いて、これを行う。
2 人事院は、試験を採用試験、昇任試験又はその両者を兼ねるもののいずれとするかを適宜決定する。

この原則・・・人材登用法則は、地方公務員も、我々法律家どころか民間企業でさえも、試験、試験ですから、日本中試験だらけというわけです。
当然そのために準備行為・・・・・学歴獲得や、そのまた前の予備校や熟も試験ではいるのです。
能力主義の見極めが試験で行われる社会では、イキオイ受験勉強が過熱していきます。
こうして、わが国では戦後受験戦争が過熱しているのです。
受験競争の過熱が、詰め込み教育になり、その弊害が叫ばれるようになったのは、まさに科挙の弊害と同じです。
私がいつも書くところの秀才の弊です。
科挙と同時に確立した律令体系は、財産面では、公地公民制にして殆ど私有財産を禁止し、管理社会にしましたので、運営のための官僚が必要になったのです。
この官僚採用システムを機能させるために、出世競争面では科挙制度の実施で、平等社会・能力主義を目指したのですから、結果だけ見れば、今考えても大した制度が確立した時代でした。
科挙の制度は、このように能力主義・実力主義で国民にとって公平なチャンスがあるばかりか、皇帝にとっても実力のある有能な官僚を自分の側近に囲いこめるメリットがあったので歴代採用されて、清朝まで続くのです。



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