09/21/05
朝鮮と日本の分離2(独自日本の形成2)
朝鮮族と日本人の関係がどうなっているのかは、以上のとおり想像の域を出ませんが、少なくとも文法だけで見ても、英語や中国語は主語述語目的語(SVOC)の順になるのに対し、日本の文法体系は主語目的語述語と言う順序で一風変わっているのです。
世界中の文法を知っているわけでは有りませんが、外国語と言えば英語しか知らないころに、漢文を習ってみて、漢文もレ点などでひっくり返して読んでいますが、英語に直せば、同じ文法形式なのに驚いたものです。
使用している文字が違うだけなのです。
洋の東西の違いよりも、日本と中国の違いの方が大きいのです。
中国へ言ってみると、西洋の石造りの城と同じつくりで、日本だけが違うのにも驚きます。
このように日本から見れば、中国も西洋も生活様式が殆ど同じなのです。
文法に戻しますと、世界的に見て風変わりな順序は朝鮮語と同じですから、古代によほどの人種的関係があったことは間違いないでしょう。
勿論南方諸島系の発音や、中国南部系の移民もあって日本の民族構成が複雑なのは間違いありませんが、文法の共通性は、重要な要素でしょう。
私の無責任な想像では、朝鮮族の中から日本列島へ移住した中の跳ねっ返りが、中国から独立したいと言い出して、それに賛成した百済と、これに反対して逆に中国側についた新羅などとの争いになってしまったのかもしれません。
日本国内で言えば、坂東の地で自立しようとした平将門と、これに味方せずに逆に将門を討った周囲の豪族との関係かもしれません
将門は討たれてしまいましたが、白村江で敗れた日本は壊滅せずに結局自立し、このとき袂を分った日本の方が、その後大きくなってしまっただけで、元々は同族の可能性もあるのです。
元同族であれば、却ってお互いを気にするともいえるでしょう。
白村江で負けてしまった日本は、唐・新羅連合軍が日本列島まで押し寄せるかと心配したので、防人など配置し、内部統一に邁進し、日本列島居住民の独自性強調のために神話を作るなど努力したのです。
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