09/18/05
唯一神信仰の土壌(商業の発達と画一化・・・信教の自由2)
神道・神社宗教の支持基盤である地域による、生活様式の特殊性がなくなっていることを書いているうちに、精神病者の増加している現状に話が行ってしまいました。
話を画一社会の到来に戻しましょう。
この後でも書きますが、商業の発達は社会の画一化を志向する傾向があるのです。
工業化だけでなく、商業の発達も地域特性の消失の原因となるのです。
商活動が活発になればなるほど、知らない世界の情報が入って、多様な意見が形成されると思う方が多いでしょうが、結果的には画一社会が形成されるのです。
商業活動が活発になれば、どこの駅ビルにも、同じチェーン店が入っているように全国画一化になりやすいのです。
商の本質は、ある物産がある地域になくて他地域にあれば、その物産のある場所へ行って仕入れて来る、あるいは、その逆をするのが商・交易することです。
或いは、ある地域にないサービスが他地域にあれば、それを導入しょうとするのが行動原理ですから、物産やサービスの画一化の尖兵となるのです。
「商」については、05/14/03「素人(消費者)とプロ(業者)の違い(商人とは?) 7」のコラムで絶対的商行為の定義・条文を紹介していますので参照してください。
商行為、商人とは、本質的に物産の均一化・・価値の統一化に際限なく働きかける存在であると言えるでしょう。
これが行き渡って、今では国内どこへ行っても同じようなものが氾濫しているのです。
商と権力規制の親和性のテーマで後に書きますが、商取引は取引ルールが行く先々で違うと混乱するので、規制を求める性質があります。
しかも、規制の網が広ければ広いほどいいという性質があります。
そのために割拠状態の封建領主から強力な権力・・・絶対王制が成立したのです。
商取引の発展は、多様な社会の招来よりも規制ばかりの社会・・・すなわち画一社会になっていくのでしょう。
画一的社会では、多様な神々は、存在できません。
ところで、キリスト、イスラム(ムスリム)など一神教の発生する自然・社会基盤は、どこまで行っても変わらない単一の自然・・・単一の厳しい自然がその発生基盤だったでしょう。
遊牧社会では、農業のように多種多様な生産品がありませんから、交易が必須である上に、他方で移動に馴れているのですから、必然的に交易が発達します。
そして上記のように、こうした単一の規律は、商業社会に適合するのです。
これまでローマの興亡などのテーマで書いて来ましたが、これら唯一神宗教の生れた中東は、古代地中海商業の発祥の地でもあったのです。
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