09/17/05

新興宗教の必要性4(若者に夢を!)

中くらいの馬力のある階層は、スポーツなどで発散できますが、そこまでのエネルギーのないグループ(体力があるけれども、一定の訓練に耐えられない人)は、一定のリーダーに陶酔・・自己同化して台風のようなエネルギーを発揮することがあります。
これを大型化したのがナチズムでしょうし、エネルギーを小型に分散しているのが、西洋では、サッカーのフーリガンでしょう。
ラテン系社会では、カーニバルで騒ぐのもその1種でしょう。
日本では、当面各地の荒っぽい御祭り騒ぎや阿波踊りなどが盛んになる一方で、エネルギーを発散しているようです。
今のところカーニバルや御祭りに関係していることが多いのですが、これは伝統芸能や伝統的御祭りに対する、社会の寛容性があるから参加しやすいのでしょう。
もしかしたら、一種のフーリガン(エネルギー発散)対策として、神社の御祭りを活発化するのは有効かもしれません。
これは体力のあるものだけで、しかも一過性ですから、(1地域では年に一回だけです)構造的解決にはなりにくいのではないでしょうか?
中年女性の「冬ソナ」の追っかけ集団も、その女性的表現ではないでしょうか。
私の関心は、そこまで陽性の体力がなく、陰性に籠もってしまう人たちの増加・・受け皿をどうするかということです。
こうした中でもっとも弱い集団は、念仏を唱えるのも億劫ですから、(毎朝のお勤めも大変です)現実逃避に走るしかないでしょう。
何の苦労もしないで楽できる覚せい剤その他の薬物依存者が増えて来た原因かもしれません。
(これは逆に毎日やったのでは大変です。)
或いは、自殺願望サイトその他、ときどき顕われる、白装束の集団などひっそりした宗教集団もその一種でしょうか?
そこまでエネルギーのないのは、精神病院のお客或いはその予備軍になるのでしょうが、精神科ばかりが流行る社会も困ったものです。
社会には、勝敗があってもいいのですが、敗者も再び立ち上がれるやさしい社会に構築しなおす必要があるでしょう。
敗者にやさしい社会とは、老人や病人(保険や年金制度)だけではなく、若者が敗者になったときに勇気付けられる社会です。
その意味では民主党が年金制度だけにこだわるのは、時代の問題点に気づいていないのではないでしょうか?
若者は、親と同居したりして食べて行くのに困っているとは限りませんので、国民全部が生活保護を受けられる社会を望んでいるのでは有りません。
彼らは生きていく夢を欲しいのです。
今のところ、再挑戦社会に組み直すのに時間が掛かるとすれば、その間何らかの受け皿・・社会システムの構築こそが必要でしょう。



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