09/16/05

多神教・神道の支持基盤の喪失2(産業基盤の変化と新興宗教1)

こうした、新しい職業集団に属せない人々は、どうすればいいのでしょうか?
地域特性から切り離され、家族集団からも切り離された砂粒のような個人は、どうすればいいのでしょうか?
地域共同体や親族の絆というものも、親族間の助け合い、共同作業があってこそ、存続し得るものでしょう。
わが国では、農耕や漁業社会が崩壊して久しいので、こうした助け合いも廃れてしまいました。
核家族化の進展はその結果と思っていましたが、昨今の少子化、独身率の進展を見ると、核家族化はその過程に過ぎなかったことが分ります。
こうして、いよいよ個々人は孤立して行きますが、一定の職業倫理を求められる高度な職業団体に属している人はまだいいのです。
私の言いたいのは、そうしたエリートの落ちこぼれ、或いはそこまで行かないフリーター的弱者の精神のよりどころ・・救済をどうするかと言うことです。
これを放置していた結果が、オーム真理教事件だったのでしょう。
これを刑事事件や取締り対象として考えるのではなく、新しい時代の結果として2番3番・・・・Nとして頻出するであろう精神のよりどころを求める現象を、どうするかこそが重要でしょう。
さしあたり、ゲームセンターで遊ばせたり、インターネットで一人楽しんでも魂は救済されません。
高校時代から大学時代にかけて、ドイツ文学の「漂泊の魂」とか、「若きヴェルテルの悩み」などの小説を浴びるほど読みましたが、そのころドイツでも急激な近代化によって、若者の精神のよりどころが揺れていたのでしょう。
ゲーテ (Johann Wolfgang von Goeth)は1749年〜1832年、ヘルマンヘッセは(Hermann Hesse, )は1877年7月2日 - 1962年8月9日です。
多感な文学者は、時代の変化を敏感に感じ取ったのでしょう。
しかし、文学で解決出来るのは、強者予備軍であって新興宗教不要階層でしょう。
昨日のコラムで書きましたが、御祭りの復活などもそうした受け皿の一種として理解できるでしょうが、これは、宗教的裏づけを欠いているので精神のよりどころとしての機能としては、そのうち駄目になるでしょう。
神道や多神教の世界は、地域特性に根ざしたものでしょうから、そのうち支持基盤を失い保護すべき文化遺産の時代が来るのではないかと思っています。
このまま放置していると弱者の受け皿が消滅してしまい、最弱者は精神病院へ、その次はひきこもりなどとなり、その次はオカルト集団加入、その次は、・・・・・と際限のないことになる可能性があります。
いずれにせよ病人的扱い・・・最悪の場合犯罪者扱い・・・マイナス志向ではなく、これを社会に健康的に組み込んでいく工夫が必要です。
社会弱者に対する受け皿をどうすべきか、今は、高齢者かばかりを社会問題にしていますが、他方で精神が蝕まれている人が急激に増えています。
社会全体でこうした人の増加をどうするかについて、正面から考えていかないと社会が持たない時代がきているでしょう、
これまでの神道・神社宗教というか、地域宗教に代わるものは何でしょうか?



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:神道、又は神社に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資