09/16/05
多神教・神道の支持基盤の喪失と新興宗教(産業構造の重要性2)
社会の発展が、言論の自由や多様な価値観を生み出すと思う方が多いと思いますが、私は、逆に個性が押しつぶされる時代が来ると思うのです。
農業自体の画一化が進み、地域差がなくなって来ただけでなく、国民の大多数が都会に住み、同じ文化圏に属する生活様式が浸透していくと、多元的社会が崩壊し、多神教的意味が理解できない世代になると思っています。
工場労働の場合を考えれば直ぐに分りますが、北海道の室蘭製鉄所で働く人も、千葉の製鉄所で働く人も、働き方が同じなのです。
家の行き帰りにほっぺたに当たる風くらいは少し違うでしょうが、自然そのものに向き合って生活していた農耕や漁労時代とは、全く違う画一社会に生きていることが分るでしょう。
あるいは、製鉄所で働く人と自動車組み立て工場・・・電気部品工場で働く人との間でも、生活様式・・価値観がそれほど違わないでしょう。
都会人はどうかと言う議論も同じことであって、例えば我々弁護士についてみれば、千葉の弁護士と北海道の弁護士は少しは違うでしょうが、自然の相違ほどの差が生れないのです。
デパート勤務者も、銀行員も公務員も似たようなものでしょう。
近代化が進めば進むほど、社会の複雑化が進めば進むほど、職業が細かく分かれ、それに応じて職業別倫理、価値観が細分化されるでしょう。
同じ弁護士でも、企業内弁護士や渉外弁護士・知財弁護士と従来型弁護士のように・・・分化してくれば、職業倫理・・価値観も変わってくると思います。
医師も勤務医と開業医の違い、勤務医でも、心臓外科手術ばかりしている医師と従来型外来医とでは考え方も違ってくるでしょう。
このように、これまで同じ価値観であったと思われる職業でも内部分化が激しくなって、一括りに出来ない時代が来つつあるのです。
大雑把に言えば、気候風土・・地域特性による個性や違った価値観が主流であった時代から、地域に関係のない職業別価値観の時代がきているのです。
昔は地域性に関しない神様としては、商売人の好きな稲荷明神がありましたが、現在ではあまりにも細分化しすぎて、抽象的な商売繁盛の神様では、漠然としすぎてしまいます。
かと言って、渉外弁護士用の神様や、田舎弁護士用の神様など細かくは生れそうも有りませんし、銀行屋さんと証券会社用(この中にもアナリストや販売員その他内部分化が激しいのです)の神様も新しく出来ないでしょう。
これら職業グループでは、アイデンテイテイ確保のために、何をしているかといえば、職業別の倫理規範の策定と言う所でしょうか?
宗教の基本は、人の行動規範倫理の設定でしょうから、放送倫理、映倫に始まり弁護士倫理など業種別倫理規範の設定が盛んなのは、現代社会に必要な新興宗教の一種といえるかもしれません。
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