09/14/05
王権不要社会5(ナポレオンのロシア侵攻失敗)
農業社会の問題に戻りましょう。
国家については、明治政府の考えたものであることを、05/13/04「国民の祝日に関する法律1・・・「国家とは?」その他のコラムで書きました。
農業国家と言う表現がありますが、これまで書いて来たように、農業社会では頭も首も胴体も区別が有りません。
ですから、国家が良いかステートがいいかの問題ではなく、そもそもNPOであれ何であれ、なんらかの法人的組織をイメージするのは誤りでしょう。
農業社会では、一定の範囲の広さがあれば自給自足できるので、ミミズのように、どこをぶった切られても生きていける社会です。
これを間違ったのが、ナポレオンではないでしょうか?
当時のロシアは、農産物の輸出国でしたが、ナポレオンの大陸封鎖令でその輸出が出来なくて参ってしまったのです。
苦し紛れに大陸封鎖令破りに走ったのが、ナポレオンのロシア侵攻の原因であったことをナポレオン戦争のコラムで紹介しました。
そうは言っても、ロシアは国内産業は農業だけですから、国内組織としてはまだ重商主義の洗礼を受けておらず、純粋農業社会でしたから、頭もクビも胴体も区別のない社会でした。
広大な領土の一部を占領されたからと言って、何ら痛痒を感じなかったというのは言い過ぎですが、致命的ではなかったというべきでしょう。
ナポレオンの方はイタリア近くのコルシカ島出身ですし、フランス自身重商主義で国家の繁栄を築いた国でしたから、骨の芯からそういう社会構造意識でロシアに侵攻したのでしょう。
それまでの相手はプロシャであれ、オーストリアであれ、ある程度重商主義に遅ればせながら参加していましたので、戦い方も相手の急所も同じでした。
同じ土俵で戦えたのです。
ところが、相手はずっと前のミミズ時代精神で生きていたのですから、首都(頭または首?)を占領されたくらいでは困りませんでした。
ちょうど1300年あまり前に、ローマ帝国が、従来型の敵ではない頭(急所)のないゲンルマン民族にやられてしまったのと同じでしょう。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
