09/13/05
占領軍の規律(漁業社会の外敵とは?2)
漢楚の興亡で有名な項羽は、折角最初に関中に入ったのに略奪で信用をなくしたのが、最終的に劉邦に負けてしまった遠因と言われています。
(後の道徳観で書かれていますので、本当かどうかは分りません)
以上のように占領軍は、古代から、先ず、治安維持、その前提としての略奪禁止が鉄則ですから、略奪よりも恨みを買う虐殺暴行を厳禁するのが当たりまえなのです。
ましてや、異民族であればあるほど統治は難しいので占領軍は、もっと気を使うのが普通です。
異民族支配であった元や清朝での漢人は、結構楽できたことを 08/30/05「地位は低いほど良い 1(范蠡の生き方)」のコラムで
紹介しました。
次に、漁業者には縄張りと言うか、漁場権の範囲について争いがあるので、権力が必要と言う考えの方がいらっしゃるかも知れませんので、少し書いておきましょう。
しかしこの争いは、農地の境界争いみたいなものであって、相手の漁場全部を乗っ取って相手を追い出そうとまでするものでは有りません。
と言うのは当時の手漕ぎ小船で行ける範囲が限られていたので、(遠くまで行っても冷凍技術がなかったので魚が腐ってしまいます。)ホンの境界付近でのいさかいでしかなかったのです。
小船で短時間に漕いで往復できる距離が限られているので、境界を際限なく広げることが出来ないのです。
それと昔は、自分たちが食べらる以上に漁場権を入手しても、換金出来る程度が限られていましたから、無茶に漁獲高を増やしても仕方がなかったでしょう。
漁業権が大きくなるのは、換金する市場の発達に比例するのでしょうが、それは近代冷凍船の発達まで待たねばならず、それまでは「ほしか」など肥料製造くらいでしかなかったのです。
干物では、少し日持ちがするというだけですから、リヤカーさえない歩いて運ぶ時代には、遠距離輸送の程度は多寡がが知れていました。
これの解決は、権力や武力の問題ではなく、粘り強い話し合いが主流だったでしょう。
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