09/13/05
占領統治と虐殺(戦争責任とは?1)靖国参拝の根源
南京虐殺があるじゃないかと中国政府に言われそうですが、占領軍というものは、ゲリラや敵対行為の疑いがある限度で、最小限処罰するに過ぎません。
占領軍が市民に敵対行為していたのでは、いくら兵力があっても足りませんから、何とか歓心を買おうとするのが普通の政策です。(アメリカ軍はチョコレートを配りました)
古来から、占領軍の軍紀が重視されるのは、そのためです。
その意味では、現地駐屯軍司令官と言うのは1日も早く治安状態を良くするのが、最大の任務とすら言えるのですから、虐殺など命ずる訳がないのです。
虐殺や暴行、略奪は、上部の禁止命令に反して下級兵士が「戦争の狂気の発露」としてやるものです。
「一人を殺せば殺人罪なのに、多数を殺せば英雄」
と呼ばれる戦争は、従事している兵士の価値観を倒錯させやすいのです。
この倒錯が、末端の兵士をして正常な弁別能力をなくさせ、無辜の民を虐殺する狂気に走らせるのですから、これをもって実行した個人としての兵士を処罰するのはどうかと思います。
そういう雰囲気にどっぷり浸からせてしまった、戦争そのものを何が何でもやめるべきだと言うのです。
このように考えて行きますと、個々人の兵士よりもその戦争を始めた責任者の方が罪が大きいともいえますが、第2次大戦後の極東軍事裁判で、中間管理職でしかない現地司令官クラスを戦犯として処刑したのは、実行責任者としてならば、見当違いです。
(彼らは必死に禁止していた方でしょう)
A級戦犯については・・・末端兵士を狂気に追い込んだ・・・・戦争を始めた責任と言うならば、喧嘩両成敗でなければ片手落ちです。
この点について、連合国の責任者の処罰がない限り、日本国民は報復処刑そのものだったと言う思いが(100年経った)くらいではなくなりませんので、いつまでも靖国参拝問題がなくならないでしょう。
それとも赤穂浪士のように、米英と中国要人の襲撃計画でも右翼が実行するしかないのでしょうか。
そのくらいの資金は、今の日本では簡単に調達できるかも知れません。
日本版ビンラーデインと言うところですが、そこは大人になった日本ですから、靖国神社に玉ぐし料2万円や3万円納めるくらいで、御茶を濁しているのです。
浅野内匠守は犯罪者として切腹を命じられたのですが、だからと言って、徳川家には浅野家の家臣が、主君の命日に線香を挙げるのも許さないと言う発想まではなかったでしょう。
それさえも許せないと言う中国の意見は、日本の右翼に暴発せよとけしかけているのでしょうか?
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