09/13/05
王権不要社会4(農業社会の外敵とは?1)暦の存在価値
以上みてきたように、日本の権力者は、命令することが何もないので、その代わりに暦を配って、農作業の時機を教えるくらいしかなかったでしょう。
(暦については、08/15/05「気象台から気象庁へ(治山治水の必要性1)」以降中断している気象情報のコラムで紹介する予定です・・・。)
滑稽なことに、たったこれだけの権力者の楽しみすら、コケにされていたのが、現実であったことも暦のコラムで紹介します。
農業には、権力者が不要なのは分ったが
「外敵から守ってもらう必要があるだろう」
「08/28/05自衛隊は何を守るか?4」のコラムで書きましたように、占領軍は人のない土地を求めてくるのではなく、農民付きの土地を求めてくるのです。
シーザーが、人のいないガリヤの地を占領していても、仕方なかったのと同じです。
せいぜい南極や北極探検隊が、旗を建てて帰ってきたようなものでしょう。
農民を例えれば、牧場の牛や羊みたいなものであって、これを占領軍が殺したり追い出したりするようなことはまったく考えられないのです。
こういう訳で、農民自身は合戦があっても丘の上からお昼を食べながら見物していただけで、どちらが勝っても生活は殆ど変わらなかったのです。
この点は、異民族の占領軍であろうとなかろうと変わりません。
サイパン陥落のドキュメンタリー、テレビで、多くの肉親を亡くした生存者が話していましたが、米軍に捕まったら何をされるか分らないと恐怖感ばかり教え込まれ、逃げ惑って死んでいった人が多いという証言でした。実際に捕まってみると大事にされて、何のために自決したり逃げ回っていたのか疑問に思うという内容でした。
日本軍が、嘘ばかり教えていたと言うのです。
彼らは、(農民に限らず、普通の市民もそうです)自分を守ってもらうために大きな権力や武力を、元々必要としていないのです。
せいぜい市民が求めるのは、泥棒の取締りくらいですから、軍隊までは要りません。
(多くても7人の侍で足りるのです)
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