09/12/05

わが国農漁業の多様性2(思想家と情報機器の役割)

全国画一化の進展は、テレビやコンピューターの発達によると考える人が多いと思いますが、いくらそうしたツールがあって、世界中の生活様式が報道され、情報として与えられても、視聴者は
     「へ〜、そんな生活もあるの!」
とそれをみているだけのことで、異民族の生活をそのまま受け入れるわけでは有りません。
人間は情報によって変わるのではなく、生産手段の変化が生活様式を変えて行き、ひいては、考え方まで変化していくものなのです。
そのとき先進地域の情報や、思想家の意見が役立つだけの話でしょう。
フランス革命で思想家が役立ったのは、この段階の話です。
日本では、社会変化よりもずっと先に、自由民権思想だけが先に入ってきましたが、これの実現が戦後にまで、ずれたのはそのせいです。
そこで私の考えでは、生活変化に大きな影響を与えたのは、国民の大部分を占めていた農漁業の変化と工業化、商業化の流れを見る必要があるということになります。
戦後稲作が北海道まで広がったことと、野菜類でも象徴的にはビニールハウスの発展と輸送手段の発達などにより、全国どこでも似たものが作れるようになったことが大きいでしょう。
漁業も遠洋漁業が中心になってきて、地域差が少なくなってきました。
稲作は、明治のころにはまだ東北地方にさえ行き渡ってなかったことを、05/27/05「日本人の米食信仰と配給制度1」のコラムで他人の説を引用して紹介しました。
戦争前までは、各地の農業には地域性が大きかったのです。
その結果飛騨の合掌つくりなどに見られるように、地域ごとに家の形まで変わっていったのです。
私の中学、高校時代には、地方を汽車で旅するのはとても楽しいものでした。
車窓から見る風土は、地域ごとにまるで違っていたからです。



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