09/11/05
東京大空襲(個人体験と偏頗な意見)
空襲には個人体験がありますが、私は聞かされて育っただけですので、我が家が焼けたのはいわゆる大空襲のときだったのか?それの前後に毎日のようにあった別の空襲で焼けたのかまで知りません。
いずれにせよ、焼夷弾や爆弾を逃れて、家族が逃げ惑い、あるときは土手の反対側に降りてうずくまっていたころ、敵機が去ってから土手に上がってみると土手の反対側に避難していた人はみんな死んでいて飛び散った肉片の中を、踏み越えてまた次の飛行機が来ると逃げ回ったなどの話を聞いて育ったものです。
当時は下駄や草履の時代でしたので、兄の話では、下駄の鼻緒が焼き切れてしまったので死んだ人の下駄をもらって履いて逃げたとも言います。
すさまじい地獄絵の世界でした。
当然私は小さかったので抱かれていたのでしょうが、勿論何も覚えていません。
アメリカによる東京大空襲或いは焼夷弾攻撃を、折に触れて、06/13/05「(侵略戦争とホロコーストの違い)」のコラムなどで、厳しく非難するわけです。
その分、私の意見は偏っているのかもしれません。
「中国や韓国が、60年も前のことをいつまでも文句言うのはおかしい」
と言う意見がありますが、私もおかしいのかもしれません。
ただ、私は文句を言ってるのではなく、
「アメリカだってやったじゃあないか」
と言うだけで、
「戦争と言うものは、集団狂気である以上は、必然的にむごいことになってしまうので、これからは戦争はやめよう」
というところに力点があるのです。
「これを理由に相手を、60年間も非難し続けるのは、どうか?」
と言う考えで、書いているだけです。
(偏っているのかな?自分の事は分りませんので、読者のご批判に任せます。)
元々このコラムは、個人の偏った意見であることを繰り返し書いていますが、何事も個人的体験に左右されるものですから、読者の方はそうした気持ちで、自分の尺度で御読みくださればいいのです。
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