09/10/05
アラブ、ペルシャ地域の社会構造と民主制(カリスマ指導者の必要な社会)
今でもアラブ世界では、その基本的社会構造が続いているのですから、スルタン制のオスマントルコが内部崩壊せずに、第1次大戦で西洋世界に負けるまで命脈を保っていたのは、当然です。
第1次世界大戦でトルコが敗戦した後に独立したイラン、イラク、サウジ、ヨルダンその他アラブ諸国(ペルシャはアラブでは有りませんが)は、おしなべて王制になりますが、基本的には、遊牧民・交易社会ですから、王制になじみが深いのです。
これが、石油収入によって、社会構造が揺さぶられてくると王制が持たなくなってきて次々と革命が起こりました。
しかし、これは、社会構造の変化も影響したでしょうが、どちらかと言えば、欧米の傀儡政権に対する宗教的民族的抵抗として革命が起きたと位置付けるべきでしょう。
社会構造としては、旧来どおり強力な指導者を必要とする遊牧民や交易主体の構造のままで、そこに、工場労働者が食い込んできたという状態です。
ですから、イラクでもシリヤでもエジプトでも、革命政権では、先ずはカリスマ的指導者が生れるのです。
イラクのフセイン、イランのホメイニ師、エジプトのナセル、シリヤのアサド、などなどすべてそういうカリスマ支配からはじまる世界でした。
カリスマ支配者の出なかった、レバノンはここ数十年にわたって混乱のきわみです。
革命政権では、比較的左翼系の思想に親近感を持った政権が多かったのは、英米仏を宗主国とする傀儡政権を打倒した以上は、これに対抗するソ連の支持が必要であったこともあります。
スエズ動乱では、英仏連合軍に対し、ソ連が原爆を一発御見舞いすると脅し、英仏がすごすごと撤退したことを05/22/05「「パックスアメリカーナ」1」のコラムで書きました。
しかし、現実的内実はそれだけでは有りません。
この後にも書きますが、アラブ諸国は、わが国など後発資本主義国に特有の(と言うよりも英米のような先進国の方が少ないのですから、これが原則と言うべきかもしれません。)健全な資本家が未発達で、工場労働者ばかりが増加していた結果であったとも言えるでしょう。
戦前は、日本ドイツなどでさえ、後に書くように健全な資本家が育たないで工場労働者ばかりが増加したのですが、アラブ諸国の唯一の基幹産業は石油採掘ですが、石油資本は外資ばかりで、現地人はその被雇用者でしかないのですから、左翼系思想が先ず発達し易いのです。
左翼系の人は、言うこととは逆に強力な指導者を求めやすい体質がありますし、(権力志向が強いのです)そのうえに商業的であり且つ遊牧的伝統が色濃く残るアラブやペルシャ系の地域では、柔弱な指導者でおさまる国民性、社会構造ではないように思います。
アメリカは、自分の価値観で、イラクから強力な指導者であったフセインを無理やりに排除しましたが、社会構造を無視した民主化の押し付けは困難でしょう。
これから、イラクでは、内部権力闘争が繰り返されて、アフガン同様に混迷するのではないではしょうか?
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