09/07/05
ついでに言いますと、石器と言っても実物を見れば分りますが、殆どが指の先程度の小さなものばかりです。
古代にはいくらでも巨木があるから船や家の材料だって、作り放題だったと思う方がいるでしょうが、材木は貴重品だったのです。
今のように鋸や鉈、斧一つなくて、大きくてもこぶしより小さい程度の石器でちょいちょい叩いて削る作業ですから、そりゃあ根気のいる大変な作業だったのです。
生木を石のかけらが少し尖った程度の物で、小突いていく・・・・・少しずつ叩いて切るというか、木の幹に傷をつけて行くのですから、(傷をつけるよりも、木の成長・修復の方が早いのではないかと心配するほどです。)キツツキとどっこいどっこいの勝負をしていたのです。
ちなみに枯れ木、朽木では船などは作れません。
古代の生活を細かく書いていくと話が逸れすぎますので、発明発見に話を戻しますと、古代の土器や衣類、石器などの道具の発明は、今でいえば、火縄銃の世界ににいきなり機関銃や大砲、戦車が登場するような衝撃だったでしょう。
古代も、発明発見の大変革期期だったのです。
こういう時代にはどうなるかと言うと、ものすごい生活水準の差ができますので、距離を問題とせずに習いに行くか、その製品を交易で買い求めるかするしかなかったでしょう。
近年でも、例えば最先端の心臓手術の仕方をアメリカで習ってきた人がいれば、その人のいる大学にみんなが習いに行くなど、突出した技術があると、そういう需要・・・人の移動が生じるのです。
この特殊心臓手術技術者も多くなって来て、各県に数人いるとなれば各県内での研修で間に合うようになります。
そのうちに、最後は普通の心臓外科医のマスターしているべき、平均的技術になって終わるのです。
これと同じことが、世界中で起きていた筈であると言うのが、私の古代ロマンというか仮説です。
このように、旧石器、新石器、青銅器・鉄器など次々と開発される度に、格段の生活力の差が生じますので、これの交易による入手が必須になるのです。
今のように留学して技術の習得と言う方法もあったかも知れません。
遣唐使などもその1例ですが、もっと古代にはそこまで受け入れ出来る仕組みがなかったでしょうから、(貨幣経済の発達以後でないと無理だったように思いますが・・・・)さしあたり簡便なのは、出来上がった石器その他の製品を交易により入手することだったでしょう。
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