09/06/05

商業農業先後関係3(ローマの興亡1)

今でも海外貿易をいきなり素人が出来ませんし、観光旅行でさえ、先ず最初の海外旅行はプロのシステムに乗っていくのが普通です。
(旗を持った団体旅行を想起してください)
かなり慣れてから、自分で行くようになるのです。
昔の人は=私より10歳くらい上の人は、国内旅行でさえ、観光業者の手配でなければ、いけない人が多かったのです。
このように最古の職業は、もしかしたら交易のプロ=商人だった可能性があるのです。
世界中、中国でも地中海でも最初に商業・・市(いち)が発達したのはそういう必要があったからです。
古代フェニキヤ人は商業民族として有名ですが、ある程度集団生活をするためには、先ず交易が必須だったのです。
こうして、最初の文明であるメソポタミアの周辺で見るとインド洋方面は海が大きすぎて古代人には発展性がなかったのでしょう。
適当な大きさである地中海方面が先ず交易のルートとして開かれ、流通の要衝である地中海東岸地域に都市国家が生れます。
その交易圏の広がりにつれて、重心が順次西へ移動し、フェニキアからギリシャ、さらにはローマも発達していき、世界史に名を残すことになったのでしょう。
旧石器時代新石器時代と一口に言いますが、石器でもなんでも、一斉にあちこちで出来た訳では有りません。
古代社会では、石器の発明は近代の蒸気機関車などの発明以上にインパクトのある新発明でしょうし、土器についても画期的なことだった筈です。
こうした発明は各地で同時に起きたのではなく、どこかで点として開発され、そこで産業革命同様に関連製品が開発されたものと思われます。



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