09/03/05
そのついでに言うと、中国と中東の間の陸路をシルクロードと言いますが、中国から西ではなぜか蚕が育たなかったらしく、中国から絹織物を輸入するしかなかったのですが、センスが悪すぎるので、なんと大変なことに
「輸入した絹織物を一旦ほどいて糸に戻して織り直していた」
とすら、伝えられています。
(勿論全部ではなく、高級品に仕立て直す場合でしょうが・・・・・・)
10年前に日本の最先端のデザイナーと言うひとがデザインして、中国の工場に外注して織らせたタピストリーがあるのですが、これを見ると日本の絹織物に比べると、どこかアカ抜けないと言うのを通り越して明らかに田舎くさいのです。
この手の微妙な風合いを大切にするものは、センスの悪い中国での下請け生産では無理があるようです。
幸い日本では絹が取れますので、センスの悪い中国に下請けに出す必要もなく独自の着物文化が花開いたのです。
今は人件費だけのために中国への発注が増えていますが、これでは日本の微妙なセンスが損なわれてしまいそうです。
多分ゆり戻しが来て、再び「高級品は国産で」と言う時代になるでしょう。
話を古代に戻しますと、唐三彩はたまたま物の性質上形で残っていますが、唐代にはペルシャ風俗が一世を風靡したと言われていますので、その他の形に残らない文物もペルシャ風デザインや思想が流行していたいた筈です。
その後宋代になるとアラビアのダウ船の利用(がはっきりしています)により、海路の交易がより直接的になります。
それまでの中継積み替え基地が、仮に100箇所あったとすれば、20箇所に減ったようなもので、直接アラビヤの船がきたとしてもまだ少数だったでしょうが、飛躍的に便利になったのです。
(当時の海の新幹線と言う所でしょうか?)
宋代になると、ペルシャ柄の陶器が焼かれ、海路の交易がはっきりしていますので、明らかに重たい陶器の輸出が証明されていて、このころは明らかに輸出先の需要に応じた生産が証明されているのです。
これの伝統が、現在の日本による野菜や工業製品の注文生産に繋がり世界中からの工場進出に繋がるのでしょう。
現在トヨタやGM、或いは各種産業が中国進出して現地生産をしていますが、もしかしたら唐三彩は注文生産の元祖・古代版というところではないかと想像をたくましくしているのす。
(最近新たな発掘が出始めているようですので、既にペルシャ地方で唐三彩が発掘されているのかもしれませんが、私はまだ知りません。)
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