09/03/05
アラビヤのダウ船が出来た時期もぴったりしたことが分らず、唐代には既にあったのかもしれませんし、当時の交易の様子がまだはっきりしません。
(研究所の発明と違って、生活の知恵の所産で改良されて完成型になったのでしょうから徐々に発展するものですから当たり前でしょう)
しかし、私の考えでは、09/01/05・・・・2「中国の独自性とは?2(中国の発展形態の異常性1)」のコラムで書いたように、ダウ船が出来る前でも、各地の中継基地の数が比較的に多かったと言うだけで本質的な差がなかった筈です。
新幹線が出来る前でも、途中停車駅の数が多ったというだけで、東京大阪間の往来があったのと同じです。
この仮説によれば、この輸出によって、陶器のことをチャイナと言うようになった素地は、宋代以前の唐代から始っていたのではないかと言うことになります。
これは、中国がすぐれた陶器を作れたからと言う意味では有りません。
(大量に作っていれば技術も向上しますが、それは後でまた書きます。)
むしろ、そうした能力がなかったので、ペルシャの意匠に従って、指示とおり作っていた陶器が唐代の代表的芸術品として今に残っているのではないかと言う仮説です。
そしてペルシャからの注文が途絶えてみると、そっくりその技術までうずもれてしまい、20世紀の鉄道工事で発掘されるまで埋もれっぱなしになっていたのです。
(次の宋代の陶器輸出の素地として少しは役立ったでしょうが・・・・)
中国政治体制が、段階的に順序良く発達しない原因が、そこにあるのです。
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