09/24/02
住所 4(住所定義の重要性)
『住所』という何でもないような言葉が、何故、民法という基本法典に規定されているのでしょうか?
国語辞書に任せておかない理由は何でしょうか?
それは、人にとって住所というのは、とても重要な事だからです。
古くは(と言ってもつい、江戸時代迄ですが)人は自由に住所を変える事が出来ませんでした。
この為、居住・移転の自由は、基本的人権として憲法で保障されている程です。
民法は、制定は明治30年始めに制定されたものでしたので、当時家制度をとっていましたが、それでも、前回引用しましたように、『各人の住所は、』として『家』がどこにあろうとも、『各(個)人の生活の本拠を住所と』規定しているのは、今にして思えば、かなり進んだ考えだったように思います。
(管見では、こういう意見を書いている書物を知りませんので、多分私の独自の見解です。)
歴史上の事は別としても、住所は、裁判の管轄を定める事に始まって、法律上何をするにも住所氏名を書きますし、何をするにも基本となります。個人的な付き合いでも、どこの誰と名乗るのが普通です。
住所を書かない文書では、誰も信用しないでしょう。
人の生死に関しても、住所を基本として考える仕組みになっていると言えば、「そんな事あるの?」と驚かれるでしょうが、民法に規定があるのです。
それは、この何日か大騒ぎになっている北朝鮮の拉致事件でも良く出てくる失踪と言う言葉ですが、これも法律上の定義があるのです。
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