08/29/07
契約とは?4(民法238)
しかし、政治家の人事に関する約束ほど当てにならないものはないとも言いますし、しかも約束に違反したらどうなるという「効力」については、わが国では明治まで全く発達しなかったのです。
いろんな掟、約束、連判状に違反しても、殆どの場合、その村にいられない、商売仲間から除名されるなどと、仲間はずれにするくらいでしかなかったのです。
こうした時代が長かったので、今でもわが国では、何かあるとすぐ自殺につながる精神風土につながっているのでは、ないでしょうか?
腹切り・・自殺というのは、要するにこの世の仲間はずれにされること対して、自分から先手を打つ・・辞表提出というだけの意味でしょう。
前回紹介した会社統合の約束ほど詳細ではないにしても、約束には、細かな条項がないまま明治まで何故来られたのでしょうか?
わが国では、明治まで、法的効力・・すなわち相手が守らなければ、その約束実現を迫る細かい法的技術の発達がなかったのも一因・・・社会意識・経済活動経済未発達の結果かも知れません。
刑罰も死刑か追放するしかなかったことを、松平定信のころに初めて人足寄せ場で、労働させるようになったことを、09/16/06「未決勾留の施設(牢屋)」その他のコラムで紹介しました。
政権維持ににもっとも関係の深いものである刑罰でもそんな程度でしたから、民事では、細かい約束をしても、それを法的に強制できる仕組みがまるでなかったのです。
ルール違反があると、その組織から除名・追放にするか、自分で世を儚んで切腹・自殺・・するしかなかったのです。
社会の進展にしたがって、武士ではない庶民まで社会秩序に関係してくると、自殺するような度胸がないので、道連れが必要になってきます。
そこで、最初に商業活動の発達した上方では、浄瑠璃で心中ものが、はやったのです。
近松の心中ものは、冥土の飛脚・心中天の網島にしろ、農家や武士の心中ものではなく、商売人の関係者ばかりです。
権力の強弱・・成熟度と法的効力の関係については、非理法権天の流れとして、これまで何回も紹介しています。
最近では、08/01/07「裁量権乱用の歯止め3(水俣事件2)暴力団とは?1」でも紹介しました。
実は、政府権力は今ほど強くなく、明治までは弱くって、民事の細かいことまで実現させてやるサービスまでは手が回らなかったのです。
細かい約束をしてもその約束に応じた効力を実現する周辺システムがないのですから、「ちぎり」から「ちぎる」さらには「約束」に進化しても、そこから先・・詳細化へは進まなかったのです。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
